迷走する介護政策
2015年10月26日
「経済最優先」のアベノミクスの第2ステージとして、安倍首相は新3本の矢を掲げた。新たな1本目の矢は、名目GDP600兆円を目標とする「希望を生み出す強い経済」。2本目の矢は希望出生率1.8の実現を目指す「夢をつむぐ子育て支援」、3本目の矢は介護離職ゼロを盛り込む「安心につながる社会保障」である。旧3本の矢の成果も十分に計りきれない中、新3本の矢で掲げる目標の実現性が疑問視されている。
中でも、今回の3本目の矢で介護離職ゼロの目標とともに示された特別養護老人ホーム(特養)を中心とした介護施設増設の方針については、昨今迷走するともいえる介護政策をさらに混乱させかねない内容といえよう。
後期高齢者は今後10年間(2015年から2025年の推計値)で533万人(※1)増加するとされるが、現在でも特養の入居待機者は約52万人(※2)に上る。そうした状況にもかかわらず、9.4兆円(2013年度)に達した介護費用の伸びを抑制するため、新規の入所者を要介護3以上に限定するなどしてこれまで特養の増設は積極的に行われてこなかった。さらに施設から在宅への移行を促し、住み慣れた地域で最期まで過ごせるよう、自助や互助を中心とする地域包括ケアシステムの普及が進められてきた。
一方で近年、地方創生と結び付け、あくまで高齢者の希望に基づくというかたちだが、日本版CCRC(正式名称は生涯活躍のまち)や自治体間連携による特養の入居など、高齢者の都市部から地方への移住についても政府主導で推進され始めた。介護政策としての地方移住については議論の余地を大いに残すが、地域包括ケアシステムの普及には時間を要することから、可能性のある選択肢を同時並行して探る必要があるのだと、我々の関心を向けさせた効果は大きいかもしれない。
こうした流れの中で示された今回の3本目の矢は、急増が予想される介護のための離職を経済成長の阻害要因と捉えて、介護離職ゼロを目指すため、都市部における特養の大幅な整備へと舵を切る内容である。つまり、これまで掲げてきた施設から在宅へ、都市部から地方への方針を覆したようにも見える。
施設増設に踏み切れば、保育施設を増やすほど待機児童が出てくる例と同じく、潜在的な需要を喚起し、入所申込者の増加が懸念される。さらに、高コストな施設サービス利用者が増えれば介護費用は膨張し、現役世代の負担にも繋がろう。また、介護施設ばかりが増えても人材不足の問題が残る。これらの課題についての言及はまだないようだ。
「経済最優先」の「一億総活躍社会」を目指してあらゆる策が講じられているが、介護政策を含め、全体的にどこかアンバランスな印象が拭えない。この辺りで、迷走する介護政策の方向性をしっかりと定めてもらいたい。
(※1)国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」(出生中位(死亡中位)推計)
(※2)厚生労働省「特別養護老人ホームの入所申込者の状況」(2014年3月25日)
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政策調査部
主任研究員 石橋 未来