遅れが目立つ日本の認知症対策

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2015年04月20日

2012年時点で65歳以上の認知症患者数は約462万人と推計されている。認知症予備軍(MCI:Mild Cognitive Impairment)の約400万人を含めると、65歳以上高齢者のすでに4人に1人以上が認知症患者、もしくはその予備軍という状況にある(※1)。2025年には、いわゆる「団塊の世代」が75歳以上となるため、認知症患者の数はMCIを除いても、約700万人前後に上ると推計されている(※2)

世界に先駆けて高齢化が進む日本だが、認知症対策については諸外国と比較して遅れが目立つ。フランスでは2001年、そしてオランダが2004年、オーストラリアが2006年、イギリスが2009年から認知症対策を国家戦略に据えているほか、米国では2011年に認知症対策に関する法律(the National Alzheimer’s Project Act)を制定するなど、各国では早くから国を挙げた対策を行ってきた。特にイギリスでは、認知症の社会的コストが2008年時点で年間約4.4兆円(227億ポンド、1ポンド=193円:2008年平均)、患者1人あたりでは当時のイギリスの平均所得以上だと試算し、認知症は経済的にも大きな問題であると報告している(※3)

そうしたイギリスでは、認知症の主要政策として、早期診断・早期介入を行う「メモリークリニック」の普及を促進してきた。「メモリークリニック」とは、看護師などの専門家チームが認知症を早期に診断し、積極的に介入する(治療や支援の情報提供など)ことで、認知症を抱えながらも地域で暮らし続けられるよう支援する地域の拠点である。住み慣れた場所で生活を続けることで、患者自身の意思が尊重されることはもちろん、症状の進行を遅らせる効果もあり、さらに施設入所にかかるコストも大幅に抑えられる(※4)。イギリス以外の国でも、認知症対策は早期診断・早期介入に移行しており、その結果、認知症であっても在宅での生活を可能としている。

2013年度からスタートした「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」では、日本でも早期診断を行う「認知症初期集中支援チーム」の設置や、患者を見守る「認知症サポーター」の育成が促されてきたのだが、人材不足や関心の低さ、すでに重度の認知症患者が多い、などの課題が山積しており、全国的な広がりには結びついていない。そのため、待機者で溢れる入所施設や減らない社会的入院、増加が懸念される介護離職などによる経済的損失も膨大である。データがほとんどないため少し古くなるが、2009年時点で日本の認知症に関する社会的コストは4.2兆円(450億米ドル、1ドル=94円:2009年平均)との試算もある(※5)

2014年11月に開催された「認知症サミット日本後継イベント」(※6)において、日本でもようやく認知症対策を国家戦略に据え、強化していくと表明された。それに伴い公表された「認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~(新オレンジプラン)」では、2020年頃までに日本発の根本治療薬候補の治験開始を目指す、など意欲的な項目が並ぶ。しかし、まずは世界のスタンダードとなりつつある早期診断・早期介入や在宅ケアを着実に行えるような環境整備が重要であろう。世界で最も早く高齢化している日本が、認知症対策では乗り遅れることのないよう、一段と対策が進むことを期待したい。

(※1) 厚生労働科学研究費補助金 認知症対策総合研究事業 朝田隆「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応(平成23年度~平成24年度)総合研究報告書」(平成25(2013)年3月)
(※2)厚生労働省「認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~(新オレンジプラン)」(平成27年1月27日)
(※3) DEMENTIA 2010 “ The economic burden of dementia and associated research funding in the United Kingdom” The Alzheimer’s Research Trust
(※4) “Living well with dementia: A National Dementia Strategy” the Department of Health, UK
(※5) Anders Wimo, Bengt Winblad, Linus Jönsson “The worldwide societal costs of dementia: Estimates for 2009” Alzheimer’s & Dementia, 2010 March
(※6) 2013年12月にロンドンで行われた「G8認知症サミット」の後継イベント。

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執筆者紹介

政策調査部

研究員 石橋 未来