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日本の上位5%層や10%層の所得シェアは拡大しているのか?

ピケティ氏らの分析は「分母」に注意

2015年03月23日

金融調査部 主任研究員 是枝 俊悟

トマ・ピケティ著の『21世紀の資本』が大ブームである。ピケティ氏の提唱する「累進的な資本課税」の効果や実現可能性も注目されているが、新聞・雑誌等の特集を見ると、日本における所得・資産の格差の現状について改めて考え直す契機となっているようである。

ピケティ氏らの研究(※1)は、1980年ごろから米国や英国などにおいて、マクロ的に資本分配率が上昇(労働分配率が低下)傾向にあることを国民経済計算等を用いて実証し、ミクロ的に上位0.1%層や上位1%層の占める所得シェアが増加傾向にあることを税務統計等を用いて実証した。

日本(森口・サエズ論文(※2))における上位0.1%層や1%層の所得シェアは、1980年ごろから若干の増加傾向にあるが、米英に比べると水準も変化率も低い。一方で、上位5%層や10%層の所得シェアは、1990年ごろから明確な増加傾向が見られる。

新聞・雑誌等の中では(たとえ上位0.1%層や1%層の所得シェアが増加していなくても)上位5%層や10%層の所得シェアが増加していることはやはり問題だとする論調も見られる。しかし、いったん立ち止まってデータの定義を見てみたい。ピケティ氏らの研究における上位5%層や10%層の所得シェアとは、「20歳以上の個人」のうち上位5%や10%の者が占める所得のシェアを示したものである。

森口・サエズ論文を見ると、確かに上位5%層の所得シェアは1990年の21.78%から2005年の25.33%へと3.55%ポイント増加しているが、給与所得者の中での上位5%層が給与収入(給与所得控除前の金額)全体に占めるシェアは1990年の15.61%から2005年の16.61%への1.00%ポイントの増加にとどまっている。

給与所得者の中での上位5%層の給与収入全体に占めるシェアがあまり増えない一方で、「20歳以上の個人」のうち上位5%層や10%層の所得シェアが増加しているのは、「20歳以上の個人」の中で所得が少ない(少なくとも上位5%や10%に入らない)高齢者が占める割合の上昇による影響が大きいのではないかと筆者は考えている(※3)

税務データを用いたピケティ氏らの研究による上位層の所得シェアの推計は、高額所得層を捕捉しやすいという意味で「家計調査」などよりも精度が高く、上位0.1%層や1%層の分析をする際には特に有用だ。「20歳以上の個人」のうちの上位0.1%層の年収は3,418.5万円以上、1%層でも1,379.1万円以上あり、その者が属する世帯は世帯単位で見ても上位所得層に入るものと考えてもいいだろう(いずれも、森口・サエズ論文による2005年の値、後述の上位5%層、10%層についても同じ)。

だが、上位5%層や上位10%層の所得シェアを分析する際は、個人と世帯の差が大きな違いになってくるだろう。年収が808.1万円以上あれば「20歳以上の個人」のうちの上位5%層に入り、617.4万円以上あれば上位10%層に入る。これらの閾値は決して高くない。上位5%層または10%層に入る個人が属する世帯が裕福であるとは言い切れない一方(※4)で、年収500万円の給与所得者2人が結婚して世帯を構成すると世帯単位で見れば上位10%層に入る(※5)

日本において所得格差が拡大しているか否かを、ピケティ氏らの研究のみによって判断するのは拙速であろう。税・社会保障等による再分配が所得格差をどの程度縮小させているか、世帯ベースで見た所得格差や世代内の所得格差の動向はどうなっているのか(若年層における非正規労働の問題や、高齢者内の所得・資産格差など)を含めて総合的に考えていきたい。

(※1)ここでは、トマ・ピケティ著の『21世紀の資本』(原著2013年、邦訳2014年)のほか、『21世紀の資本』における図表の多くの引用元となっている
A.B.Atkinson and T.Piketty編の“Top Incomes over the 20th century”(2007年)と“Top Incomes: A Global Perspective”(2010年)を構成する各論文を含めて、「ピケティ氏らの研究」とした。以下同じ。
(※2)A.B.Atkinson and T.Piketty編の“Top Incomes: A Global Perspective”(2010年)内のpp.76-170に掲載されているChiaki Moriguchi and Emmanuel Saez (2010) “The Evolution of Income Concentration in Japan, 1886-2005”をここでは森口・サエズ論文と呼ぶ。以下同じ。
(※3)総務省「人口推計」によると、20歳以上の者に占める60歳以上の者の割合は、1990年10月は23.8%だが、2005年10月は33.1%と、この間に9.3%ポイント上昇している。また、(個人所得ではないが)世帯所得ベースの1989年から2004年にかけての日本の所得格差の拡大要因のほとんどは年齢構成の変化により説明できる。このため、内閣府『平成21年度年次経済財政報告』では、「高齢化がすう勢的に我が国の所得格差を広げてきた主因として働いたことは間違いないと思われる」と述べている。
(※4)個人の年収が600万円~800万円程度だとしても、その者が属するのは4人世帯で、世帯の残り3人の年収はゼロかもしれない。総務省「家計調査」(2014年)における4人世帯(有業者1人)の平均年収は702万円であり、4人世帯(有業者1人)の世帯の中で見れば600万円~800万円というのは平均的な世帯年収である。
(※5)総務省「家計調査」(2014年)によると、総世帯で見て、世帯年収941万円以上が年間収入上位10%の世帯に該当する。
(※6)吉井一洋「ピケティ税導入への布石? 富裕層の資産情報把握網の整備」(2015年2月19日)も参照されたい。

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是枝 俊悟

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