タクシン派政権崩壊をもたらした憲法裁判所
2014年06月23日
2013年11月から続いたタイの政治混乱は、2014年5月22日に軍がクーデターを実施してタイ貢献党政権を崩壊させるまでの事態に達した。結局、軍がとどめを刺した格好となったが、その前に憲法裁判所の判断で政権が大きな打撃を受けたことも見逃せない。
判断の中でも特に日本で大きく報道されたのは、2014年5月7日にインラック首相を失職させたことであるが、他にも2月に実施された総選挙を無効としたほか、インラック政権の看板政策である2兆バーツのインフラ整備の資金調達法案を違憲とする判断を下した。
憲法裁判所がタクシン派に不利な判断を出したことは今に始まったことではない。過去にも首相を失職させたケースや解党命令を出したケースもあった。
なぜ何度も憲法裁判所はタクシン派政権を崩壊させることができたのだろうか?その背景としては、以下の3点が挙げられる。
①権限が強すぎる。
憲法裁判所の判決は2007年憲法の中で「絶対的であり、国会、内閣、裁判所および国の他の機関を拘束する」と位置付けられている。また既述の通り、日本の裁判所とは違って議員の失職や政党の解散等が可能であることも重要である。
②人事にタクシン派は介入できない。
元々反タクシン派寄りであり、強力な権限を持っている憲法裁判所といえども、タクシン派が人事に介入できれば、タクシン派にとって有利な判断を下すようになる可能性がある。しかしことはそう簡単にいかない。2007年憲法の規定では、憲法裁判所の判断は原則的に9人の裁判官(長官1人を含む)による多数決で決定されるが、うち5人は最高裁判所と最高行政裁判所の内部投票で選出される。さらに残りの4人は最高裁判所長官・最高行政裁判所長官・下院議長・下院の野党指導者・独立機関の長で互選した1人(合計5人)から構成される憲法裁判所裁判官選考委員会で行われる投票によって選出されるが、タクシン派が影響力を及ぼせる委員は最大でも1人(下院議長あるいは下院の野党指導者)にとどまる公算が大きいため、投票結果をタクシン派が左右することは不可能に近い。
③タクシン派による憲法改正が事実上困難となっている。
2013年には、タイ貢献党の主導によって上院の全議席を公選制とする憲法改正案を国会で可決したことに対し、憲法裁判所は下院に対するチェック機能が失われることを理由に違憲の判断を下したことがあった。この事例から見る限り、仮にタクシン派が上記①、②の状況を憲法改正で変えようとしても、憲法裁判所はこれを違憲として退ける公算が大きい。
現在、タイの憲法は5月22日に起きた軍事クーデターに伴い王室条項を除いて廃止されている。今後は暫定憲法、新憲法が制定される見込みだが、反タクシン色が濃い軍の影響は避けられず、反タクシン寄りの制度は温存または強化される可能性が高い。そのため、今後タクシン派政権が誕生した場合、反タクシン派が憲法裁判所の力を利用して政権を崩壊させる事態が起きる可能性は高い。一方で、反タクシン派政権が誕生した場合はこのような事態が発生しにくいが、代わりに多数派を占めるタクシン派は民主主義の論理を振りかざして政権を揺さぶる事態が起こり得る。この観点からみると、今後しばらくの間、タイで安定政権が誕生する見込みは薄い。
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経済調査部
主任研究員 新田 尭之
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