菅財務大臣の円安発言は問題なのか
2010年01月20日
菅直人財務大臣(兼副総理・経済財政担当大臣)が1月7日の就任記者会見で「もう少し円安の方向に進めばよい」「適切な水準になるように、日銀との連携も含めて努力をしなければならない」と述べたことが、一部から批判されている。しかし、2001-03年には当時の塩川大臣もたびたび円安に言及していたが特に問題視されていなかった(※1)。そもそも景気刺激・金融緩和手段としての外国為替介入は珍しいことではなく、スイス中銀が「対ユーロでのスイスフラン高阻止」を金融政策の目標に掲げているほか、最近では韓国がドル買い・ウォン売り介入した模様である。諸外国に比べて一段と厳しいデフレ不況下にある日本が、為替介入の選択肢を排除する理由は見当たらない。
円安が重要なのは、デフレ脱却の最終・最強手段だからである(前回コラムを参照)。通常の金融緩和手段は利下げだが、金利はマイナスにはできないため、ゼロまで引き下げるとそれ以上の緩和効果は望めなくなる(流動性の罠)。しかし、金利はゼロで変わらなくても、外国為替市場に直接介入して為替レートを減価させれば、さらに踏み込んだ金融緩和が可能である。その効果は極めて強力で、FRBのバーナンキ議長も2002年の講演で(当時は理事)、為替レート減価がデフレ対策に有効であることに言及している(※2)。大恐慌時のアメリカでは、消費者物価が前年比マイナス10%の激しいデフレが続いていたが、1933年に大統領に就任したルーズベルトが金本位制を停止してドルを40%減価させると、デフレは急速に終息に向かい、インフレ率は年内にプラスに転じた。日本のデフレは大恐慌ほど激しくはないが、期間は10年以上続いており、最終手段の発動を検討する時期に来たといえるだろう。
注意しなければならないのは、外国為替介入は日本銀行ではなく財務省が所掌していることである。「デフレ脱却努力が不十分」と日銀を批判する人は多いが、円安以外に有効な手段が残されていない現状では、デフレ脱却の主導権は実質的に財務省が握っているので、日銀批判は的外れである。日本がデフレをいったん脱したきっかけが2003-04年に溝口財務官が実施した総額35兆円の円売り介入だったことを再認識するべきだろう。円売りのための資金供給という意味があってこそ、日銀の量的緩和も効いてくる(※3)。
菅経済財政担当大臣は8日の記者会見で「いざというときには為替に対して何らかの行動をとるということも、財務大臣の権能の中には入っております」と、円売り介入の可能性に言及した。思い切った円売り介入で日本がデフレから脱却することを期待したいものだが、その前に立ち塞がるのが「トラブルになる恐れがあることをやってはならない」という摩擦回避を最優先する日本人特有の心理である。
他の条件が一定であれば、利下げは為替レートを減価させる。たとえば韓国では2008年夏から2009年にかけて政策金利が5%から2%に引き下げられ、対円為替レートも1円=9.5ウォンから13ウォンに減価した。金融政策は各国に自主権があるので、「ウォン安を日本に非難されるから金融緩和するべきではない」という韓国人はいないし、逆に「ウォン安で日本の輸出産業が打撃を受けているので、韓国の金融緩和を止めさせよ」という日本人もいない。ならば、主要国で最悪の長期停滞に苦しむ日本が「ゼロ金利・円安・量的緩和」という金融緩和策を発動することに何の問題もないはずなのだが、そうは冷静に考えられない日本人が相当数存在する。この自国に一方的に不利な“逆ダブルスタンダード”の克服なくして早期のデフレ脱却と日本経済の再生がないことは間違いないが、菅大臣はこの壁を突き崩せるだろうか。
(※1)塩川財務大臣(当時)は、円安の必要性を強調した論文を2002年12月20日付の日本経済新聞に寄稿している。当日の記者会見ではそれに関する質疑応答がある。
(※2)Deflation: Making Sure “It” Doesn’t Happen Here;‘Curing Deflation’のパートの最終段落。
(※3)円売り介入の期間に、日銀当座預金残高の上限は27兆円→30兆円(2003年5月20日)→32兆円(10月10日)→35兆円(2004年1月20日)に引き上げられた。
(※2)Deflation: Making Sure “It” Doesn’t Happen Here;‘Curing Deflation’のパートの最終段落。
(※3)円売り介入の期間に、日銀当座預金残高の上限は27兆円→30兆円(2003年5月20日)→32兆円(10月10日)→35兆円(2004年1月20日)に引き上げられた。
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