デフレ脱却は日本経済の特効薬か...リフレ派への苦言
2009年12月17日
デフレは需要が冷え込んだ「結果」だが、いったん定着すると需要を冷え込ませる「原因」にもなり、経済活動が潜在水準を下回る状態が慢性化してしまう。デフレが有害というのは経済学の常識である。
1998年に日本にインフレ目標導入を勧め、論争に火を点けたクルーグマンが最も効果的と認めるのが、現在スウェーデンの中央銀行の副総裁を務めるスヴェンソンが提唱した“foolproof way”(FPW)である。物価が目標水準に上昇するまで、自国の物価が他国よりも明らかに割安になる水準に為替レートを減価・固定する。スヴェンソンは今年の講演で、かつて日本のリフレ派の大半が勧めていた量的緩和の効果は乏しいと総括している(※2)。マネーの量を増やすだけでは駄目で、マネーの価値を目に見える形で下げることがカギである。
変動為替相場制では短期金融市場や債券市場での売買による金利誘導が通常の金融政策だが、固定為替相場制では為替レートの操作が金融政策である。従って、ゼロ金利よりも踏み込んだ金融緩和が必要なら、下限のない為替レートにターゲットを変更することには十二分の正当性がある。円安誘導を政治マターと誤解して及び腰になる日本人は多いが、これは金融政策の本質が理解されていない証拠である(※3)(※4)。ちなみに、超低金利政策を続けるスイス国立銀行は、今年3月から「対ユーロでのスイスフラン高絶対阻止」を金融政策の目標に加えているが、近隣窮乏化ではなくデフレ対策だと明言している(※5)。
ほとんど知られていないようだが、日本が一度はデフレを脱却したきっかけは、2003-04年に財務省の溝口善兵衛財務官(当時)が実施した累計35兆円の円売り介入である(※6)。FPWでは「明らかな円安水準」まで誘導するが、この時は「1ドル=100円割れの円高絶対阻止」が暗黙の目標とされた。そのため、FPWで想定される速やかなインフレ転換には至らなかったものの、デフレにブレーキをかけることには成功した。70年代末のスイスも同様の為替介入により、劇的なインフレ率上昇を実現している(※7)。
アメリカの金融緩和に伴うドル安を放置したため、日本経済への下押し圧力は強まっている(スイスとは対照的)。この圧力の緩和には、最低でも金融危機以前の水準1ドル=100円台の回復が必要になる。なお、為替レート目標は、経済関係が緊密で成長率の高い経済圏を相手にするのが効果的なので、最大の貿易相手国で経済規模も同等の中国の人民元を暗黙の最終目標にするのが妥当と考えられる。昨年8月から1ドル=約6.83元で固定されている人民元が、ドル安=人民元安・円高となって日本にデフレ圧力を加えている現実を深刻に受け止めるべきだろう。安すぎる人民元が世界中にデフレ圧力を輸出していることは米欧も問題視している。思い切って1元=18円程度を目指すべきだろう(アメリカが利下げを始める前の水準までドル円レートを押し下げればよい)。


(※2)Riksbank, “Monetary policy with a zero interest rate”
(※3)金融緩和の本質は、「何か」と交換するマネーの量を増やしてマネーを希薄化することである。「何か」が財・サービスならインフレ、債券等なら金利低下、外国通貨なら為替レート減価になる。これより、インフレと為替レート減価が不可分の関係にあることは明らか。
(※4)若田部昌澄「歴史を誤認する藤井大臣」(ボイスプラス)
(※5)Swiss National Bank, “The SNB’s monetary policy in turbulent times”
(※6)この介入に関するアメリカ側の見解は、ジョン・テイラー『テロマネーを封鎖せよ』10章に詳述されている。
(※7)Swiss National Bank, “Monetary Policy Under Low Interest Rates: The Experience of Switzerland in the late 1970s”
(※8)外国為替介入は日銀ではなく財務省が所掌しているため。
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