財務状況把握ハンドブックの公表をうけて ~地方財政の視座はどう変わるか~

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2009年09月30日

去る7月の財政制度等審議会財政投融資分科会において、「地方公共団体向け財政融資に関する報告書」(※1)が提出された。同分科会長が主催する「財政投融資に関する基本問題検討会」の下に設置された「地方公共団体向け財政融資に関するワーキングチーム」が財務状況把握の充実・活用について昨年来重ねてきた議論の成果をとりまとめたものだ。

これにあわせて「財務状況把握ハンドブック」が公表された。前回のコラム等(※2)でとりあげてきた行政キャッシュフロー計算書について、作成要領と財務分析ノウハウが本書に盛り込まれている。元々は、国が地方公共団体に貸付を行う財政融資の審査充実策の一環として作成された融資担当職員向けのテキストであるが、今回公表することにより、財政融資の審査ノウハウが「一種の公共財」として民間金融機関に広く使われることを意図している。

財務状況把握の手法は銀行等が企業診断するのと同じ発想で作られており、債務償還年数や有利子負債月収倍率などは与信判断に携わる者ならいつも見ている検査値である。大阪府の橋下知事は所信表明演説で「大阪府は民間で言えば破産状態にある」と述べたが、まさに民間目線で倒産危険度を測るものだ。

底流には貸し手の観点ゆえのリアルさがある。例えば、財務状況把握で使われる分析指標はキャッシュフローの素の数字から導かれており、いわゆる交付税見合いの調整が行われていない。交付税措置をあてに公共投資と借入を増やしたものの、実際にキャッシュとして入金される地方交付税は減少し、その結果資金繰りが逼迫したケースがあるからだ。また、地方債がいわゆる赤字債か建設債かの議論については、表面上の使途ではなく資金の流れから実態的に判断する。発行目的が建設費支払であっても、キャッシュフロー計算書をみて財務収支の正味増加分が行政収支の赤字を補うような形になっていれば当の補てん分については実質赤字資金といえる。もとよりカネには色がない。このように、財務状況把握の手法に貫かれているのはキャッシュをベースとする現実主義である(※3)

民間金融機関をはじめ資金の出し手がキャッシュフロー計算書を使って債務償還能力を検証するようになることで、地方公共団体にかかる財政規律の向上が期待されている。民間金融機関が債務償還可能年数その他の分析指標を通じ、融資先企業と同じ目線で地方公共団体を審査することで、地方公共団体においては事業や返済の計画を綿密に練り上げて借り過ぎを抑制したり、支出を節約するなど財政を健全に保つモチベーションが生じる。分析指標の悪化によって貸出姿勢が厳しくなったり、資金調達コストが上昇したりすると困るからだ。

もっとも現状は「地方債の格付けや金利には国による支援の要素が織り込まれているほか、金融機関は地方公共団体との取引の採算について総合的に判断する面もあることに留意する必要がある」(※4)とあるように、財政状況の良し悪しが資金調達コストに反映しているかといえば疑問が残る。しかしこうした状況がいつまでも続くとは限らない。地方分権の進展も市場規律を後押しする。財政の自立とはすなわち格付けや金利から「国による支援の要素」が剥落してゆくことを意味するのだ。そして残るのは返済能力つまりキャッシュフロー創出力の観点である。少なくとも、財政の自主性が拡大するにつれ責任が重くなると同時に個別団体間のバラツキが大きくなろうことは想像に難くない。

筆者は、今般の公表を契機にキャッシュフローの論理が市場に波及することによって、地方財政の改善手法が精緻化し、選択肢が増えてゆくと考えている。まずレベニュー債の活用があげられる。償還財源が事業収益に特定されるいわゆるレベニュー債の導入が数年前から議論されているが、現状は地方公共団体そのものの調達コストが低い上に事業の区別もないためレベニュー債導入のインセンティブに乏しい。当の地方債が病院の新築に充てられるとしても、病院事業の財務分析をしてその返済能力をもとに与信判断するケースは少ないのではないか。

財政悪化により親団体の資金調達が難しくなったとしても、レベニュー債を活用すれば、親団体の財務状況にかかわらず公営事業のキャッシュフローを引当に資金調達を行える。水道料金を引当とした「○○市水道特定債」を発行して老朽化した浄水場を建て替えるような具合である。公共性と地域独占性が安定的なキャッシュフローに繋がると見込まれれば資金調達コストを抑えることができるだろう。地域住民が引き受ければ共同体としての一体感も期待できる。キャッシュフローと借入水準が事業単位で最適化されるようになることから、経営の能率向上にも寄与するだろう。

実際には、その公共的性格ゆえに事業収益のみで元利返済を賄えないケースも想定される。場合によっては、合理的な見積りを踏まえた上で「公益性のコスト」(※6)として親団体がキャッシュフローを補てんする必要がある。ここで委譲された財源は貸し手からみて担保のように機能する。

ひいては、公営事業のみならず、文化ホールはじめ野球場や体育館など都市施設のオフバランス化を検討しやすくなる。使用料収入その他の都市施設を活用することで発生するキャッシュフローに公益性コスト代金を加えたものと、資産に対応する借入金のバランスが能率経営の評価指標(PI)になる。評価指標は追加的な投資判断にも活用されるし、場合によっては当該資産を切り出して民間事業者に移転するという発想にも繋がるだろう。

本稿ではレベニュー債と都市施設のオフバランスにふれたが、市場規律の下にキャッシュフロー分析の切り口が加わることで考えられるソリューションのアイデアは他にもいろいろあるだろう。今回の公表にあたっては、財務指標等の改善につながるフィードバックも期待されている(※5)。地方財政のキャッシュフロー分析については既にいくつかの地方公共団体と民間金融機関で講演させていただいているが、そこでのディスカッション等も踏まえて今後有効な提言を行ってゆきたい。

(※1)財政制度等審議会財政投融資分科会 議題3、平成21年7月31日


(※3)隠れ債務や一過性損益など解釈を踏まえた実態修正は、貸し手の洞察力に基づき自己責任で行う。分析対象であるキャッシュフロー計算書及び分析指標は検証可能性を確保するため加工を加えていない素のものがほしい。(※1)の財政投融資分科会において、地方公共団体個々別の分析指標を公表すべきという意見があったが、与信判断のもととなる実態修正後の分析指標は貸し手の責任に属することを踏まえると、公表についてはそれほど重視しなくてもよいのではないか。同様の観点から、実質債務の積算についてもルール化するのではなく、ヒアリングによる実態把握を基本とし、もって「機械的・画一的な運用に陥らないよう留意する」(金融検査マニュアル)ことが肝要と思われる。(※3-2)本稿では貸し手が地方公共団体の債務償還能力を検証するという文脈で執筆しているが、ここでいう「現実主義」の視点は、地方公共団体が自らの財政的な持続可能性を検証する視点と同じものである。つまり、将来にわたり資金繰りがショートしないようセルフコントロールする視点。

(※4)地方公共団体向け財政融資に関するワーキングチーム「地方公共団体向け財政融資に関する報告書」、平成21年7月、8ページ なおリンク先は(※1)と同じ。

(※5)同上書、14ページ

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鈴木 文彦
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 鈴木 文彦