解雇権強化による雇用促進策

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2006年04月20日

3月から4月にかけて、フランスでは主に大学生および若年労働者層によるストライキや抗議デモが大規模に発生した。理由は、「初期雇用契約制度(CPE)」の実施に対する反発だ。

CPEは、26歳未満の雇用について2年間の試用期間を設け、この間は理由なしの解雇も可能とするものだ。若年者や大学生にとっては、一旦就職できたとしても、2年後には簡単に解雇されてしまう危険を負うことになるため、これに反対するのは無理も無いと思えないでもない。しかし、CPEを導入しようとする政府側の意図は、若年者の雇用を促進するところにあったのだから一筋縄ではいかない。政府側は、解雇が容易にできれば、企業は積極的に若年者を採用するようになり、若年者の失業率は低下するはずだと主張したが、若年者側は、雇用の不安定化につながる故に反対だというわけだ。既に雇用関係にある者の利益を重視するか、これから雇用関係に入ろうとする者の機会を拡大するか、悩ましい価値判断だ。

日本でもこれと似た対立が生じたことがある。「労働基準法18条の2」の立法問題だ。雇用契約は、民法上「各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる」とされており、使用者側の解雇権は制限されていない。しかし、判例法理によって解雇権といえども濫用は許されないとされ、実務的には、一旦雇った者を解雇するのは、なかなか難しくなっていた。

そこで、2003年に労働基準法に解雇自由の原則を明文化しようとされたが、これが覆ったのである。既に2001年10月2日に、小泉首相は衆議院での代表質問に答えて「雇用の流動化が進む中で」、「解雇基準やルールの明確化は必要だ」と答え、解雇法制への取り組みを表明していた。この法改正の目的は、解雇にまつわるトラブルの防止や紛争の迅速な解決にあったが、解雇自由の明文化は、雇用の流動化を促進する効果も期待できたといえるだろう。政府原案では、「使用者は、この法律又は他の法律の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができる。但し、その解雇が、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」となっていたが、民主党等の反対を容れ、原則と但書きを逆転して「解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と修正された。つまり当初案では、「解雇は原則自由—ただし濫用は無効」であったが、修正により解雇権濫用法理が前面に出されることになったわけだ。字句だけ見ると修正前も後も判例理論の条文化ということであるが、但書き部分を本則としたことで実務的にはかなり大きな差違を生じかねない。連合が「政府原案は、とくに、解雇ルールについて、解雇権濫用法理を逸脱したものであり、使用者が解雇が自由にできるようになり、立証責任についても労働者側にあるものとされる恐れがあった。」「解雇ルールについて・・・・・抜本修正させることができた。」と評価している(事務局長談話2003年6月4日)通りだ。しかし、この修正には、日本経済新聞が2003年6月3日付朝刊で「雇用の流動化を促し、成長企業への人材供給を後押しする当初の狙いからは後退した」と報道している様に、雇用の活性化を阻むものであるとして否定的な評価も少なくない。

フランス政府は、CPEへの反発の大きさに驚き、4月半ばに撤回を決めた。日本もフランスも解雇を容易にする制度改正に民主的合意は形成できなかったということである。解雇容易化によって雇用が拡大するという因果関係が真実であるか、法と経済の交錯という視点からも注目していたが、そのような実験的政策は実現しないようだ。

日本では労働契約法制の検討の中で使用者による解雇の金銭解決制度が導入されようとしている。これが運用によっては解雇を容易にするものではないかとの指摘もあり、労働者側は、「現時点ではなお避けるべき」と反対している(2005年11月連合総研労働契約法制研究委員会)。一方、日本経団連はこれを早急に実施すべきだという意見だ。現在の労働者、将来の労働者、そして使用者の利益をどのように調整すべきか、解雇を巡って再び問われることとなる。

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執筆者紹介

政策調査部

主席研究員 鈴木 裕