「アウトソーシング時代」の必須技能とその育成

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2006年02月28日

  • コーポレート・アドバイザリー部 主席コンサルタント 中島 尚紀
アメリカの大学では、日本よりもはるかに実践的な教育を行っているといわれる。私が7年前に受講したソフトウェア工学の授業は、まさにその典型であった。その授業では宿題として実際に先生が見つけてきた顧客に対し、5人程度のチームを組み4ヶ月ほどでソフトウェアを完成させるのである。顧客との仕様決定、プロトタイピング、プレゼンテーション、ミーティング、コーディング、ドキュメンテーションなど実際の開発を通じて、モデリングを利用した繰り返し型開発手法を学ぶというものであった。当時はまだ新しかった開発手法について身をもって学ぶ、ということ自体にかなり感銘を受けたものである。

一方で、最近米国では大学生が宿題を「アウトソース」することが増えているとの新聞記事があった。プログラム作成の宿題を「プログラム作成者を探すことができる」Webサイトに依頼するのである。そのこと自体が「カンニングである」という批判がある反面、よくよく考えてみれば非常に実践的であると考えることもできる。なぜならば、最近のシステム開発では自分でプログラムを作成することはまれであり、海外を含めアウトソースすることが一般的なためである。したがって、米国の開発者はむしろアウトソース先を選別し、管理する技能のほうがはるかに重要になってきている。実際、ここ5年間で海外向けアウトソースは急増している。それにあわせて、米国内のプロジェクトマネージャやSEは増加し、プログラマは激減している。情報システム構築においてプログラムを作成するよりもアウトソース先の評価や管理のほうに重点が置かれるのならば、宿題をアウトソースする経験で得られる技能のほうがより「実践的」であろう。

ところで、アウトソース先を評価・管理するための必須技能とは何なのだろうか。ある大学の教授は、現在のコンピュータサイエンス学科では技術の評価・選択に必要な教育がなされていない点を指摘している。そしてそのことは、高度な信頼性が要求される大規模情報システムを開発する際に深刻な問題を引き起こしているというのである。指摘からは、学生たちが(1)プログラム言語などに傾倒しすぎており、情報システム開発の本質を理解していない。個々の開発プロセスで具体的に何をすべきか、それによって多数のステークホルダーをどう協調させるかを大学で学んでいない、(2)社会における(Web以外の)情報システムの利用方法を教えておらず、情報システムの位置づけ・重要度を理解していない、(3)狭い技術分野を詳細に教える事に注力しており、様々な技術や開発手法を知らない。特に実際の現場で利用されている技術を学んでいない、(4)開発者が自身の限界を理解しておらず、自分の能力を超える仕事を引き受けている、などの問題点が浮き彫りになる。

いってみれば、情報システムの開発・利用にかかわる幅広い知識・見識を備えた技術者が、開発範囲を自分の身の丈に収める勇気もつことで、大規模情報システムの信頼性を高めることができるというわけである。このことを理解していれば、システムの開発、ひいてはアウトソース先の評価・管理もうまくいくはず、といわれればなるほどと納得する。

日本の金融情報システムの信頼性に関する話題は、米国でも最近見かけるようになっている。米国と同様に日本でもシステム開発を外部に委託する形が広がっているが、アウトソーシングを活用しながら信頼性の高いシステムを構築するための人材育成についてはあまり明確にされていない。一昔前までは日本の情報システムの信頼性は世界に飛びぬけて高かった。その際には上述のように企業内で知識・見識を蓄え、能力にあった開発現場で適切な経験を積んでいたのであろう。それが、開発すべき情報システムの増加、コストの削減、アウトソーシングの推進という流れの中で、技術者の知識・見識の欠落に加え経験不足、意識の後退が重なり、信頼性が低下したのではないか。このような現状を踏まえれば、本当に信頼できるシステムを構築するためには大学・企業がどのように協力し人材育成を行うべきなのか、今こそ問い直す必要があるのではなかろうか。

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中島 尚紀
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