なぜM&Aは取締役会の「総合力テスト」なのか

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2026年10月21日

  • マネジメントコンサルティング部 主任コンサルタント 内山 和紀

取締役会には、投資の実行が企業価値向上につながるかを見極める役割が求められる。企業や事業を買収するM&Aについても、案件を成立させること自体を目的とせず、自社の企業価値向上に資するかを軸に判断すべきだ。

こうした考え方は、2026年7月に経済産業省が公表した「成長投資ガイダンス」にも示されている。同ガイダンスは、資本コストを上回るリターンを生み出す投資機会に資本を配分し、経済的付加価値(Economic Profit:EP)を持続的に拡大することを、企業の価値創造の基本に据えている。その上でM&Aについて、事業規模の拡大や短期的な業績の押し上げではなく、中長期的なEPの拡大に至る「価値創造ロジック」を取引前に明確にすることが不可欠だとしている(※1)。

価値創造ロジックの出発点は、自社の事業ポートフォリオにおいて、買収対象事業をどのように位置付けるかを明確にすることにある。その事業は自社の戦略や経営資源と適合し、自社こそがその価値を最大化できるベストオーナーといえるのか。この問いへの答えが、M&Aを企業価値向上に資する投資と位置付けるための土台となる。

もっとも、当初描いた価値創造ロジックが、案件の進行過程でもなお成り立つとは限らない。デューデリジェンスや経営者インタビューが進むにつれ、当初は見えていなかったリスクが明らかになることは多い。一方、社内では次第に案件の実現を前提として、買収後の姿やシナジーの議論が具体化していく。取締役会でも、いつの間にか議論の重心が、「この案件を進めるべきか」から「どうすれば予定どおり進められるか」へ移っていることがある。

そうした中で、「このリスクには対応策があります」「買収後に改善可能です」と説明されれば、ひとまず安心したくなる。しかし、リスクに対応できることと、そのコストを負担してもM&Aを実行すべきであるということは別問題だ。追加投資や統合負担を織り込んでも、期待するシナジーは実現できるのか。自社での育成や提携ではなく、M&Aという手段を選ぶ必然性はあるのか。取締役会には、当初描いた価値創造ロジックがなお成立するのかを問い直す役割がある。

M&Aは、社内外の多くの関係者が長い時間をかけて準備や議論を重ねるだけに、検討が進むほど「何とか実現させたい」という思いが強くなるのは自然なことだ。これまでの努力を無駄にしたくないという思いから、立ち止まる判断は難しくなる。だからこそ取締役会には、案件に携わる人々の熱意を尊重しながらも、改めてEPの拡大という目的に立ち返り、実行、条件の見直し、撤退のいずれが自社の中長期的な企業価値向上につながるのかを、冷静に判断することが求められる。

上場企業のガバナンスには、不祥事を防ぐ「守り」だけでなく、持続的な成長に向けた適切なリスクテイクを後押しする役割も求められる。M&Aは、まさにその力が試される場面である。期待とリスクが交錯する中で、経営陣の挑戦を支えつつ、状況の変化に応じて判断を機動的に見直せるか。M&Aでは、戦略、財務、リスク、組織、人材といった多面的な観点を統合し、一つの経営判断に結び付ける力が求められる。M&Aは、取締役会が単なる「承認の場」にとどまらず、「企業価値向上に向けた最善の判断を主体的に下せるか」を問う、総合力テストといえるだろう。

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マネジメントコンサルティング部

主任コンサルタント 内山 和紀