AIによる創造的破壊の時代、キャリアを守る最善手はリスキリングか?
2026年01月16日
AIの急速な普及は、世界の生産性を大きく押し上げ、企業の成長や新たなイノベーションを持続的に創出していくのだろうか。情報通信技術(ICT)投資に対する見方は1990年代半ばまで懐疑的な議論もあったが、その後のマクロデータ研究の中で、ICT投資は生産性の上昇をもたらすとする見解が支持されている。
経済成長の考え方は、時代とともに大きく変わってきた。かつては労働と資本が成長を押し上げると考えられ、技術進歩の速度は所与のものだった。その後、2018年ノーベル経済学賞を受賞したポール・ローマー氏により、成長の原動力は企業によるイノベーションであり、技術進歩の速度と労働生産性の成長率は内生的に決定されるとする「内生的成長理論」が登場。これに経済学者シュンペーターが提唱した「創造的破壊」の要素の導入で革新をもたらしたのが、フィリップ・アギヨン氏とピーター・ホーウィット氏(2025年ノーベル経済学賞)だ。「創造的破壊」に基づくイノベーション主導の経済成長を数理モデルとして定式化し、新しい技術が古い技術を追い越し続けるダイナミックな経済の動きこそが成長を生み出すメカニズムであることを明確にした(※1)。アギヨン氏らはまた、フランスにおける企業レベルのAI導入データ(2017—2020年)を分析した結果、平均的に見てAI導入企業で雇用と売上が増加し、AIが誘発する生産性向上が潜在的な労働置換効果を上回ることを示唆する論文を発表(※2)。連続的なイノベーションが未来の成長をつくるという考え方が広がった。
これに対し、ダロン・アセモグル氏(2024年ノーベル経済学賞)は、AIがマクロ経済へ与える影響を分析している。AIに影響を受けるタスクの割合とタスクレベルでの平均コスト削減により総生産性がどの程度向上するかを推定すると、AI導入による全要素生産性は10年間で最大0.71%押し上げられるが、経済全体への影響は限定的だとしている。一方で、AIは資本所得と労働所得の格差を拡大させる可能性があるとも指摘する。また、AIが生み出す新しいタスクの中には「悪い」タイプのものもあるため、GDPの数値を見たときにAIによる福祉向上が過大に評価される可能性があるとも警鐘を鳴らす(例えば、「ソーシャルメディアおよびデジタル広告からの収益」を「悪意あるIT攻撃およびこれらの攻撃に対するITセキュリティへの支出」が上回る可能性があり、その場合、社会的価値は負となる)。(※3)。
アセモグル氏らは著書『技術革新と不平等の1000年史』において、技術革新の方向性が重要であると主張する(※4)。同書の趣旨として、生産性を上昇させて経済成長に帰結する技術革新のあり方が包摂的で労働者に優しいか、それとも排他的で搾取的であるかが、技術革新が起きた後の生産性と経済成長の改善を理解する上で重要である、と強調した。AI化は、これまでの機械化と同様に、自動化による労働置換が労働需要や賃金の低下をもたらすとは直ちに言えない。しかし、生産性向上や新たなタスクの創出を通じた雇用増や賃上げといった労働条件の改善が、必ずしも労働置換による負の影響を上回るとも限らない。重要なのは、AIによる生産性向上が直接起きた産業以外の広範な産業部門、公共部門、家計部門へと波及し、新製品や新産業を誘発し、そこで新たな労働需要を生むという広がりが生じることで賃金が広く上昇しやすくなり、生産性向上の恩恵が労働者にいきわたるという点である。生産性向上の成果を資本と労働で適切に分配する仕組みこそが、繁栄を共有するための重要な柱となる。
今後、経済全体を持続的に発展させていくためには、技術革新を幅広い人々の利益になるように方向付けていくことが欠かせない。AIが単に仕事を奪う存在ではなく、働く人の力を広げてくれる技術として効果を発揮していくためには、スキルの再教育やデジタル投資の促進など複合的な政策が必要だ。こうした変化は決して国家や企業だけの話ではない。AI時代をよりよく生きるためには、一人ひとりの「学び直し」がこれまで以上に重要となる。必要なスキルを身につければ、新しい仕事のチャンスが広がる。AIを“自分の仕事をより価値あるものへと引き上げるパートナー”として考える視点が求められよう。
また、AIで生み出される利益が一部に偏らないよう、教育や医療など暮らしに直結する領域へ再投資を進めていくことも必要だ。例えば、グリーンAIや医療AI、教育AIといった社会課題解決型の領域への官民連携投資を促していくことは、単なる経済政策ではない。私たちの生活をより健康に、より豊かにしていくための投資でもある。AIを社会課題解決型の成長エンジンへと転換する。その取り組みは、経済成長と格差縮小の両立を可能にするだけでなく、一人ひとりが安心して未来に向かえる環境づくりでもある。AIの時代を「希望の時代」とするために、包摂的な技術革新と人への投資を進めていくことが、これからの社会に求められていよう。
(※1)フィリップ・アギヨン、セリーヌ・アントニン、サイモン・ブネル『創造的破壊の力-資本主義を改革する22世紀の国富論-』東洋経済、2022年
(※2)Philippe Aghion, Simon Bunel, Xavier Jaravel, Thomas Mikaelsen, Alexandra Roulet, Jakob Søgaard “How Different Uses of AI Shape Labor Demand: Evidence from France“ AEA Papers and Proceedings, vol. 115, May 2025(pp. 62–67)
(※3)Daron Acemoglu “The Simple Macroeconomics of AI” Economic Policy, vol 40(121), pages 13-58. April 5, 2024
(※4)ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン『技術革新と不平等の1000年史』早川書房、2023年
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