エンゲージメントの対価 ~懸念深まる2つのフリーライダー問題

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2025年12月24日

  • 調査本部 フェロー兼エグゼクティブ・サステナビリティ・アドバイザー 塩村 賢史

2014年に日本版スチュワードシップ・コードが策定されてから、10年強の時を経て、今では、機関投資家と投資先企業との建設的な対話(エンゲージメント)の意義については、多くの人が認めるところである。

加えて、2024年には「アセットオーナー・プリンシプル(以下、AOP)」が策定された。AOPの原則5において、「アセットオーナーは、受益者等のために運用目標の実現を図るに当たり、自ら又は運用委託先の行動を通じてスチュワードシップ活動を実施するなど、投資先企業の持続的成長に資するよう必要な工夫をすべきである」とされている。アセットオーナーは、金融資本市場を通じて企業・経済の成長の果実を受益者等にもたらす重要な役割を担っていることが明確に示されている。AOPの受け入れを表明した年金基金や大学等は、2025年10月末現在で313主体まで広がっている。

表面的には、運用会社がスチュワードシップ活動を行う上での環境整備が進んでいるようにも見えるが、逆に懸念が深まっていることがある。それは、2つのフリーライダー問題である。

投資家が投資先企業と対話を行った結果、株価が上昇した場合、その恩恵は対話を行った投資家のみならず、他の株主にも広く行き渡ることになる。それが、フリーライダー問題を生むことになる。特に同じベンチマークのパッシブファンドの場合、基本的には同じ持分比率で株式を保有していることから、エンゲージメントを行わずに、その効果だけただ乗りしようというインセンティブが生じやすい。また、通常のエンゲージメント活動は非公開の場で行われるため、運用会社の取組み状況とその効果をアセットオーナーが外から伺い知ることは容易ではない。これもフリーライダー問題を深刻化させる要因の一つである。

足許では、新たにアセットオーナーによるフリーライダー問題が生じている可能性もある。スチュワードシップ・コードやAOPにより、アセットオーナーは受益者に対して、スチュワードシップ活動に積極的に取り組んでいることを示す必要性が高まっている。そのために、委託先の運用会社に対する報告の要求水準は年々高まっているようである。

運用会社がアセットオーナーに対する報告に時間とコストが取られ、肝心のエンゲージメント活動が疎かになるようなことになれば元も子もない。

公的年金が負担する国内株式運用の手数料額は、インフレ高進にもかかわらず、過去10年間横ばい傾向である。一方、スチュワードシップ・コード導入以降、運用会社のエンゲージメント件数は激増している。アセットオーナーがエンゲージメントの適正な対価を運用会社に支払わなければ、運用会社が耐え切れずに「スチュワードシップ・ウォッシュ(対話したふり)」に走ったとしても不思議ではない。

将来、AOPの見直しが行われる際には、エンゲージメント活動の適正な対価を支払うことをアセットオーナーに促すべきである。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)ではエンゲージメント強化型パッシブ運用という一般とは異なる報酬体系を持つ特別なファンドを設けているが、他に同調する動きは見られない。「ただ乗り」への対応策として、パッシブ運用においては運用報酬とエンゲージメント報酬を別建てで支払い、それぞれの金額を公表させることをアセットオーナーに求めることなども一案ではないだろうか。また、エンゲージメントのコストが下がるのであれば協働エンゲージメントを積極的に活用することも考えられよう。

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塩村 賢史
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フェロー兼エグゼクティブ・サステナビリティ・アドバイザー 塩村 賢史