関税率から考える米国の通商政策史
2025年12月19日
トランプ米大統領が関税率を大幅に引き上げたことを受けて、米国の通商政策は従来の自由貿易指向から安全保障重視へとシフトしている。この変化を長期的な視点から理解するため、米国の建国以来の通商政策の歴史について、関税率を通じて振り返ってみよう。米経済史家のダグラス・アーウィンの著作(Irwin(2017))によれば、18世紀から第1期トランプ大統領の就任直前まで、米国の通商政策は3つの時期に分けられるという(図表)。
第1期は1763~1865年だ。この時期の通商政策は関税収入に主眼が置かれた。米財務省によると、連邦政府の歳入総額(以降、歳入)の8割以上を占めるほど関税は重要な財源であった。イエール大学によれば、この時期の平均的な関税率は28.6%と高く、通商政策は「財政政策」と密接な繋がりがあった。
第2期は1865~1932年で、輸入規制が重視された。自由貿易を支持する南部が南北戦争で敗れ、商工業の育成を掲げる北部が勝利したことで、通商政策に保護主義的な色彩が強まった。一方、所得税の導入等によって歳入に占める関税の比率は4割程度に低下した。平均的な関税率は24.4%で第1期から大きな変化はないが、関税が「産業政策」の性格を強めた時期である。
第3期は1932~2017年で、互恵主義の時代と整理される。保護主義が第2次世界大戦の原因の1つだったとの反省に立ち、「自由貿易」が標榜された。特に戦後は米国の輸出競争力が高く、自由貿易が利益に適うとされたため、米国は世界的な関税率の引き下げに中心的役割を果たした。この時期の米国の関税率は平均5.8%となり、歳入に占める関税の比率も2%程度まで低下した。
もちろん例外はある。例えば第1期においても製造業の保護育成のための関税が主張されたし、第3期にも日米貿易摩擦のように自国産業を守るための通商交渉が行われた。ただし、大枠は上記のように整理することが可能だ。
アーウィンの著作は2017年までを対象としているが、それ以降はどう考えるべきか。足元の関税率は16.8%に上昇し(2025年11月17日時点)、歳入に占める関税の比率は5%程度になった(2025年4-6月期)。これまでとは明らかに異なる時代に突入したように思われる。
有識者の間では、国家安全保障の観点が通商政策に強い影響を与えているという見方が多い。安全保障上、国内製造業の保護の必要性が唱えられ、関税率の引き上げはその手段の1つというものだ。
また、相手国によって関税率が異なることも今日の特徴であり、とりわけ中国に対しては高関税が賦課される傾向にある。これは、米国にとって、中国の製造業が安全保障上の脅威と映っているためだろう。
このような通商政策の変化はトランプ政権後も続く可能性が高い。米国の製造業の復活や米中対立の緩和は不透明で、少なくとも短期的には見込みにくいためだ。高水準の関税率が長期化することを、覚悟したほうがよいのかもしれない。
参考文献
Irwin, Duglas A., Clashing Over Commerce: A History of US Trade Policy, The University of Chicago Press, 2017(ダグラス・アーウィン『米国通商政策史』、長谷川聰哲(監修・翻訳)、文眞堂、2022年)
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経済調査部
経済調査部長 末吉 孝行

