リジェネラティブ農業はアグリビジネスの競争軸をどう変えるのか
2025年12月15日
近年、気候変動を原因とする干ばつや豪雨などの異常気象が世界各地で激甚化している。このような物理的リスクの影響は、農業生産に従事する農家だけでなく、農業機械や農薬・種子メーカー等のアグリビジネス企業にも及ぶ。さらに、食農システム(食料の生産、加工、輸送、消費、廃棄まで含む一連の活動)は、世界の温室効果ガス(GHG)の約3割を排出しており(※1)、その一部を担う農業にも国際的な脱炭素圧力が強まっている。SBTi(科学に基づく目標設定イニシアチブ)のFLAGガイダンス(※2)も、食品メーカー等に対し、サプライチェーン全体での、エネルギー起源とは区別した排出削減と炭素除去(土壌炭素貯留など)の目標設定を、SBT認定取得の要件として義務付けている。
そのような中、気候変動への対応策として今、リジェネラティブ農業(環境再生型農業)が改めて注目されている。この農法は、土壌を健全な状態に保ち、持続可能な生産を目指す農法であり、主要な手法の一例として「低耕起」と「被覆作物(カバークロップ)」がある(※3)。低耕起は、土を深く耕さず必要最小限にとどめることであり、土壌構造を保つことで保水力を高め、異常気象に強い土壌をつくる。被覆作物は、作付けの空白期に植える、畑を覆う作物であり、地表を保護し有機物を増やす。これにより土壌に炭素を蓄える土壌炭素貯留が進み、大気中のGHG削減にもつながる。
この流れの中で、アグリビジネス企業もリジェネラティブ農業の支援を競争力の源泉とすべく、様々な取り組みを行っている。例えば医薬・農薬大手の独バイエル(農薬・種子部門)は、被覆作物や低耕起を導入する農家に成果連動型のインセンティブを提供し、導入障壁を下げている(※4)。さらに、こうした営農実践やその環境への影響に関するデータ(GHG削減効果の推計値等)をサプライチェーン下流の食品メーカーに提供するなど、自社プラットフォームを介してサービス企業へ進化しようとする動きもみられる。一方、農業機械大手の米ジョン・ディアは、被覆作物の導入などリジェネラティブ農業の実践を支援する新たな機械・サービスの提供に加え、その成果である土壌炭素貯留の量をデータで測定・検証する製品の開発・提供にむけた取り組みを進めている(※5)。これは、世界的な脱炭素の潮流を商機と捉え、自社のデータプラットフォームを、その環境価値を客観的に証明するために不可欠なインフラへと高める狙いがある。両社はいずれも、単なる製品性能の競争から、農家の生産安定や効率化といった成果を提供し、気候変動への対応力を競争力へと変えている点で共通している。
農家の気候変動に対する強靭性を高めつつ、食品メーカーなどが求める脱炭素の根拠(データ)も提供する能力こそが、アグリビジネス企業の中長期的な競争優位の源泉となる。アグリビジネス企業のリジェネラティブ農業支援は、単なる一時的な取り組みではなく、持続可能性を新たな収益機会とするための、ビジネスモデルの大きな転換点と言えるだろう。
(※1)Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO). (2024). Greenhouse gas emissions from agrifood systems – Global, regional and country trends, 2000–2022.
(※2)SBTi, “Forest, Land and Agriculture Science-based Target-Setting Guidance Version1.1” (December 2023)
(※3)Schreefel, L., Schulte, R., de Boer, I. J. M., Schrijver, A. P., & van Zanten, H. H. E. (2020). Regenerative agriculture – the soil is the base. Global Food Security, 26, Article 100404.
(※4)Bayerのウェブサイト “Bayer Carbon Program”
(※5)John Deere, “Sustainability Disclosures and Metrics 2024”(January 2025)
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金融調査部
主任研究員 依田 宏樹

