なぜ日本人は万博の「海外」に魅了されたのか
2025年11月21日
半年間にわたる会期を終え閉幕した大阪・関西万博(EXPO 2025)は、国内外から多くの来場者を集めた。会場では、国内や海外のパビリオン、そしてテーマを象徴するシグネチャーパビリオンが個性を競ったほか、夜空を彩る花火や大規模なドローンショー、音楽ライブなど、多彩なイベントが来場者を魅了した。
こうした中でも、海外パビリオンが多くの日本人を魅了した背景の一つは、万博が、日本人が海外渡航で直面しやすい障壁を取り除いた異文化体験を提供した点だろう。日本人は海外に対して憧れを抱く気持ちがある反面、日本は非常に安全かつ安心して暮らせることもあり、程度の差こそあれ、海外渡航に対して障壁を感じやすいとみられる。
筆者も米国で治安の悪いとされるエリアを通る電車に乗った際、気づけば車両に残ったのは自分と、ためらいもなく座席でマリファナを吸う人物、そして一触即発の二人組だけだったことがある。すかさず隣の車両に逃げ込んだがそこも似たような状況だった。インドでは屋台で食べた焼き鳥が原因でひどい腹痛に一晩中苦しんだこともある。こうした経験をすると、日本の治安の良さや衛生水準の高さを嫌でも実感する。
これらの治安面や食の衛生面への懸念に加え、価格交渉やチップといった取引の不透明さ、多くの時間と費用、そして言語の壁などは、日本人が海外に行くうえでのハードルとなろう。とりわけ費用に関しては、近年のような円安が続く状況では海外渡航の金銭的ハードルはさらに高まる。
日本で開催される万博はこうした障壁を取り払うことができる。会場内は日本語が通じ、日本水準の安全が担保され、商品はすべて明朗会計で取引される。提供される食は、日本の衛生基準に基づいて提供される。そして、国内旅行の延長線上の費用で世界一周を疑似体験できる。これはまさに、日本人が希求する「安全・安心・効率」というフィルターを通して再構成した異文化体験なのである。
言うまでもなく、万博という期間限定のハレの場が持つ祝祭的な高揚感や、一度に世界中の文化に触れられるという非日常的なイベント性も、人々を惹きつけた強力な磁力であったことは間違いない。そして、それと同時に、安全面や語学などのハードルを取り除いたうえで、海外渡航より比較的安価に異文化に触れたいというニーズへの充足も、これほど多くの人々を惹きつけた本質の一つではないだろうか。
したがって、この熱狂を一過性のイベント消費で終わらせるのではなく、持続的な価値として、例えば常設型の万博という新たな社会インフラ、あるいはビジネスモデルの可能性が浮かび上がる。参考となる例の一つが、米国のウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートにあるエプコットというテーマパークだ。この中のワールド・ショーケースというエリアでは、エンターテインメントと文化体験を融合させた、世界各国のパビリオンが常設されており、万博の理念を恒久的な事業として成立させている。
もちろん、こうした施設で得られる体験は、本物だけが持つ価値を代替するものではない。しかし、異文化への知的好奇心を喚起する最初の扉として、あるいは次世代が多文化共生への理解を深める教育の場としての価値は高いだろう。さらに言えば、日本人が希求する「安全・安心・効率」というフィルターを通して再構成した異文化体験は、急増する訪日旅行客にとっても極めて魅力的な観光資源となる可能性を秘めている。
1970年の大阪万博の当時と比べて、今はインターネットを介して世界中の情報に簡単に触れることが可能になった。だからこそ、今回の大阪・関西万博は、情報として知っている世界を安全、安心、そして効率的にリアルな体験する場として機能したといえよう。万博が可視化したこの巨大な需要を、一過性の熱狂に終わらせず、次世代の教育や新たなインバウンド戦略へと接続する。そのための官民を挙げた具体的な構想力と実行力が、今まさに問われているのではないだろうか。
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経済調査部
主任研究員 新田 尭之

