純債務って何?高市総理が目指す財政指標の意味

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2025年10月24日

2025年10月21日、衆参両院の首相指名選挙で自民党の高市早苗総裁が総理大臣に選出された。高市総理は「責任ある積極財政」を掲げており、債券市場では長期金利が上昇し財政規律の緩みを懸念する動きを示している。しかし、高市総理は、財政健全化が不要だと述べたことはないとした上で、純債務残高対GDP比を徐々に引き下げることを目標に掲げている。

この純債務残高(Net debt)とは債務総額から政府の金融資産残高を差し引いた値であり、純粋な債務を評価する指標だ。一方、債務残高(Gross debt)は政府の金融資産を考慮しない。政府の債務残高を国の経済規模と比較することには一定の合理性があるため、名目GDP比で示されることが多い。また、これによって国際比較も可能であり、IMFやOECDなどの主要国際機関も債務の対GDP比を財政健全性の基準としている。

2つの指標の値は図表の通りである。IMFが2025年10月に示した推計では、日本の債務残高はGDP比236.1%と突出して高いものの、純債務残高では同133.9%まで低下する。これは日本政府が多額の金融資産を保有しているためであり、G7各国と比べて遜色のない水準だ。ほかに低下幅の大きな国はカナダで、債務残高が同111.3%、純債務残高は同12.5%だ。

G7各国の財政指標

日本の純債務残高対GDP比が総債務残高のそれと比べて大幅に低い背景の一つには、年金積立金の存在がある。2024年末時点で日本のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は258.7兆円、カナダのCPP Investments(Canada Pension Plan Investment Board、カナダ政府の公的年金の積立金運用機関)は約77兆円を運用しており、日本やカナダのように年金積立金を運用する国では、政府の金融資産が膨らみ、純債務残高が低く見える構造的特徴がある。一方、欧州諸国など多くの国では年金制度が完全賦課方式であり、年金積立金を保有しないため、両者の差は小さくなる。IMFの定義では、こうした年金積立金も政府の金融資産に含まれる。

しかし、年金積立金は将来給付のために存在しているので、債務返済に自由に使えるわけではない。このほか、政府の金融資産には外貨準備も含まれるが、これは為替介入を目的として保有されている。このため、純債務残高は実質負担を示す一方で、過度に楽観的な評価につながる恐れがある。

その上で、2つの財政指標に共通する項目に注目したい。両指標ともGDP比で示され、分母に名目GDPを用いるため、経済成長により比率は低下する。高市総理は、成長なき経済を将来世代に残すことは避けるべきだと強調している。「責任ある積極財政」は、単にどの指標を使うかの問題ではなく、経済成長と財政規律をどう両立させるかという課題そのものだ。

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執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 吉田 亮平