米国の株主提案権-奇妙な利用と日本への示唆
2025年10月06日
米国では、毎年1,000件ほどの株主提案が上場会社に向けて出されている。サステナビリティ、気候変動、ダイバーシティ等について、左右両派から様々な議案が提案されていることは、経済メディアや金融業界のレポートで紹介されることも多い。左派からは、例えば温室効果ガスの排出状況の開示を求める提案がある一方、右派からはそうした開示に要するコストや経営への影響に関する開示を求める等だ。ESGとanti-ESGの株主提案が大量に出るのが米国だ。日本でも気候変動への取り組みを求める等の株主提案はあるが、株主提案の主たるテーマにまでなっているとは言い難い。
国が変われば株主提案の内容が変わるのも当然だろうが、米国の株主提案は内容面以外にも、日本では見られない大きな特徴がある。米国の株主提案のかなりの部分は数人の個人投資家が出しているということだ。株主総会関連のコンサルティング業者Georgesonの集計(※1)では、2025年に米国では840件の株主提案があったが、一人の個人投資家が259件も出している。他に33件を一人で出した個人投資家もいれば、実態は個人投資家だろうと思われる団体の二つがそれぞれ、28件と27件を提案している。
このような提案が一般株主の利益になっているのであれば、株主提案も歓迎されるだろうが、実際は相当問題がありそうだ。株主提案があると会社側はその内容をチェックし、付議するのがふさわしくないと判断すれば、その提案を株主総会招集通知に不記載とする承認を証券取引委員会(SEC)に求めることになる。承認が得られなければさらにコストを費やして裁判で争う場合もある。また、付議したとしてもその議案を全株主に届けるコストも、賛否集計のコストも全て会社側の負担だ。会社側が負担するということは、究極的には一般株主が負担しているという意味だ。こうした目に見えるコスト以外に、株主提案への対処のために別業務に割けるリソースが減少することによる機会損失も軽視できない。
個人投資家が大量の株主提案を出せるのは、米国では極めて安価に株主提案権が手に入るからだ。株式保有額によって必要な保有期間は異なるが、2,000ドル相当の株式であれば3年間以上保有していれば、株主提案が可能だ。100件の株主提案を出そうと思えば20万ドルあればできる。株主提案のハードルの低さが、適正さを疑わせる株主提案権行使につながっているようだ。
日本では、株主提案をするには総株主の議決権の1%以上か、300個以上の議決権が必要だ。通常は300個の議決権の方が安価に手に入る。これは米国と比べればかなり高いハードルであり、濫用的な株主提案権行使にある程度の歯止めになっているといえよう。しかし、最低投資金額を引き下げるべきとの東証の要請に応えるために、上場会社が株式分割を行うことで、300個の議決権の価格が大きく下がっているのが現在の状況だ。株式分割によって、株主提案が容易にできるようになっている。
最低投資金額を引き下げる要請は、投資の活性化のためにはもっともだが、株主提案権制度をこのままにしておけば、いずれ米国のように濫用的な株主提案によるコスト増という意図せざる効果を発生させてしまうかもしれない。
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主席研究員 鈴木 裕