生成AIが狭めかねない大卒ホワイトカラーのキャリアパス
2025年09月24日
先日、AI分野の国際学会に参加した際、ある参加者との会話が印象に残った。米国のある大手テック企業では、推薦システム等を構築するAIエンジニアの新卒採用は引き続き積極的な一方、生成AIで代替可能と見なされ始めたフロントエンドエンジニアの新卒の募集は減らしたという。もちろん、これは一例であり、企業によっては今のところ雇用への影響はないという声も散見された。しかし、同じエンジニアという職種内ですら、生成AIがもたらす影響は必ずしも一様ではないようだ。
こうした現場レベルの声が示すように、2022年11月のChatGPT公開以降、生成AIが社会経済に与える影響は、もはや未来予測の段階ではなく、現実のデータに基づく実証研究の対象へと移行した。海外の実証研究が描き出すのは、生成AIによる仕事の「代替」と「補完」という二重の力学であり、その影響は労働者が属する市場構造によって大きく異なる様相を呈している。例えば、企業内の人材で完結する内部労働市場では、生成AIは既存従業員の生産性を高める「補完」ツールとして機能し、特に経験の浅い層の能力を引き上げる「スキル圧縮効果」が確認されている。しかしその一方で、フリーランス市場に代表される外部労働市場では、仕事を奪う「代替」の圧力が顕著に現れるという(※1)。
さらにこの動きは、米国の若年ホワイトカラーの雇用を直撃し始めた可能性がある。2025年8月にスタンフォード大学のエリック・ブリニョルフソン教授らが発表した、「炭鉱のカナリア?」と題した新たな論文(※2)では、米国の大規模な給与データを用い、2022年後半以降、生成AIの影響を受けやすい職種に従事する22~25歳の若年労働者の雇用が、生成AIの影響を受けにくい職種の同年代の雇用に比べて相対的に約13%減少したことを示した。
こうした中、2025年6月に「AIのゴッドファーザー」と称されるジェフリー・ヒントン氏は、ある動画で「配管工になる訓練をしなさい」と語った(※3)。彼が言わんとしたのは、手作業の専門知識を要するブルーカラーの仕事は、多くのホワイトカラー職よりも生成AIによる代替リスクが低いという、キャリア選択における逆転現象だ。そして、この警鐘は既に現実のものとなりつつある。2025年5月に米国の履歴書作成支援サービスであるレジュメ・ビルダーが実施した調査によれば、学士号を取得したZ世代のうち、約4割が現在ブルーカラーまたは専門技能職の道を選んでいると回答した。またこの傾向は、特に男性の間で顕著であるという(※4)。彼らは、生成AIに代替されにくい安定性を求め、自らのキャリアパスを再設計し始めているのである。
もちろん、現時点では生成AIが米国の労働市場全体に広範な影響を及ぼしたというマクロレベルでの確たる証拠はまだない。しかし、特定層、特にキャリアの入り口に立つ若者たちに変化の兆候が集中している点は見過ごせない。日本も対岸の火事ではなかろう。相対的にAIの導入に慎重で、労働市場が硬直的な日本では、米国ほど急進的な変化は短期的に表れにくい。しかし、米国で起きていることが日本の数年先を映し出す「炭鉱のカナリア」である可能性は否定できず、エントリーレベルの仕事が生成AIに奪われ、若者が実務経験を積む機会そのものが失われるという本質的なリスクは、日米で共通の課題である。技術の進展を受動的に受け入れるのではなく、若年ホワイトカラー層のキャリアパス縮小というリスクに対し、社会全体で主体的な学びと人的資本への投資を抜本的に強化する対話と行動が求められる。
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経済調査部
主任研究員 新田 尭之