財政拡張の経済効果が弱まる「閾値」の水準は?

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2025年08月27日

財政拡張の動きが世界に広がっている。米国では、トランプ大統領の目玉政策である「1つの大きく美しい法」が成立した。米国連邦議会の超党派で構成する「責任ある連邦予算委員会」(CRFB)によると、大規模減税等によって今後10年間で基礎的財政赤字(※1)は約3.4兆ドル拡大するという。不動産不況やデフレリスクに直面する中国も、内需を喚起するには財政政策に頼らざるを得ない。国際通貨基金(IMF)によると、2024年に92.3%だった世界の一般政府総債務残高対GDP比(以下、政府債務対GDP比)は、2030年には99.6%に達する見込みであり、世界的な財政拡張は今後も続くと予想されている。

政府債務対GDP比の上昇が経済成長に与える影響を整理すると、ある特定の水準(閾値)を境に、経済成長率を押し上げる効果が弱まる可能性がある。政府債務対GDP比が低い状態では、国債の発行が増えても、公的資本の蓄積等を通じて財政拡張が成長率を押し上げる効果が大きい。道路が十分に整備されていない状況で政府が公共投資を行えば、流通量が拡大し経済活動が活性化するといった状況だ。だが、公的資本が十分整備されると(流通網が十分に整備されると)、追加的に成長率を押し上げるプラスの効果が弱まるだけでなく、国債発行で金利が上昇しやすくなることで民間企業の設備投資が抑制されるといったマイナスの効果が強まる。結果として、ある閾値を境に経済成長率を押し上げる度合いが小さくなるというメカニズムだ。

そこで、世界各国・地域のデータから政府債務対GDP比の「閾値」を推計すると98%で、1人あたり実質GDP成長率の構成要素である「全要素生産性(TFP)」と「資本装備率」の上昇率から推計すると同105%だった(※2)。すなわち、経済規模を超えるほど政府債務が積み上がった国・地域では、財政拡張によって1人あたり実質GDP成長率を高める効果が弱まるということだ。

日本はもちろん、米国やイタリア、フランスなどの政府債務対GDP比は105%を超えている。ドイツやインドでは依然として閾値までは距離があるものの、イギリスは2026年に、中国は2027年には105%を超える見込みだ(IMFによる予測)。

世界的な政府債務拡大は、今後の財政政策の効果を減衰させるだけでなく、技術革新や資本蓄積のペースの鈍化を通じて世界経済の成長を抑制する可能性があることには注意が必要だ。

(※1)基礎的財政収支とは、税収等から政策的経費(≒政府の歳出)を引いたものであり、これが赤字であれば、政策的経費を税収等で十分に賄えていないことを意味する。

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久後 翔太郎
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 久後 翔太郎