EUの競争力強化に向けた「貯蓄から投資へ」と「リスクマネー供給」

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2025年08月18日

欧州委員会は2025年1月に“A Competitiveness Compass for the EU”を公表し、EUの競争力強化に向け、①イノベーションの促進、②脱炭素と競争力の強化、③安全保障とレジリエンス、の3点を優先課題と位置付けた。同文書が公表された背景には、急速な技術革新、気候変動、地政学リスクの高まりなどに迅速に対応しなければならないという危機感がある。

この優先課題への対応として掲げられている5つの政策の1つに“Savings and Investments Union”(貯蓄・投資同盟)の創設がある(※1)。EUが前述の3つの優先課題に取り組むためには巨額の投資が必要とされている。「2030年まで年7,500〜8,000億ユーロの追加投資が必要」という試算もあるが(※2)、公的資金や銀行融資だけで賄うことは困難である。そのため、貯蓄・投資同盟を創設し、域内の家計部門の貯蓄を投資にシフトさせ、競争力強化に向けた原資とすることが打ち出されている。2025年3月には“Savings and Investments Union Strategy”が公表され、以下の4つの柱が示された。

図表1 貯蓄・投資同盟の4つの柱(概要)

EUでは既に銀行同盟(Banking union)が始動しており、銀行監督や破綻処理、預金保険制度の統一化などが行われている。資本市場に関しては2015年に資本市場同盟(Capital Markets Union)の創設が打ち出されたが、道半ばの状況にある。貯蓄・投資同盟は、銀行同盟と資本市場同盟の2つの取り組みを基盤として創設されるものと位置付けられているが、個人に重きを置いている点が従来の2つの同盟と大きく異なる。

EUも日本と同様、企業の資金調達において銀行融資の比率が高い。このため、資本市場を通じたベンチャー企業等へのリスクマネー供給の必要性が認識されている。EUの家計部門は日本より現預金比率は低いものの(図表2)、約10兆ユーロという多額の現預金を保有している。家計部門の現預金が資本市場経由で成長戦略分野等に投じられることが期待されている。EU版「貯蓄から投資へ」と「リスクマネー供給」の行方に注目していきたい。

図表2 EUと日本の家計部門の資産構成(2025年第1四半期末時点)

(※1)それ以外の4つは、①企業に対する規制や行政負担を大幅に軽減、簡素化、②単一市場の統合強化、③スキルと質の高い雇用、④EUおよび加盟国間の政策連携の改善である。
(※2)欧州委員会 “The future of European competitiveness Part A | A competitiveness strategy for Europe”(2024年9月)より。

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太田 珠美
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 太田 珠美