株主への利益還元方針に期待される「強化」と「維持」の両立

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2025年05月30日

年度の初めから企業の3月期決算発表がほぼ終了する5月15日までの間は、株主への利益還元方針に関する開示が、1年の中で最も多い時期である。ここ数年、開示件数は増加基調だ。大和総研が上場企業の開示資料を集計したところ、表題に「配当方針(または配当政策)」、「株主還元」、「配当基準の変更」を含む開示件数(4/1~5/15)は、51件(2022年)、85件(2023年)、118件(2024年)、157件(2025年)となっている。

今年の開示内容を見ると、採用が多かった方針は、累進配当(29件)、株主資本配当率(DOE、25件)、配当性向(18件)の順だった。配当性向は、企業が稼いだ利益(当期純利益)のうち、どの程度を株主に還元するかという点で分かりやすいというメリットはあるものの、業績変動の影響を受けやすい。これに比べ、配当金の水準を維持または引き上げる累進配当と、株主資本に対する一定比率を目標とするDOEは、業績変動の影響は相対的に小さい。業績悪化に伴う減配リスクを抑えるこのような企業の変化は、1年ほど前から見られている。変化が続いている背景には、米トランプ大統領の関税引き上げ政策や円高の影響による業績見通しの悪化も一因にあるのだろう。

減配を避けようとする上場企業の姿勢は、「今期は業績悪化を見込むも、配当金は前期より増やす予定」とする企業が多いことにも表れている。株主への利益還元方針の開示を、業績や配当の会社予想を含む決算短信と同時に発表する企業は多い(当該期間では131社)。このうち、当期純利益の減少を想定する企業は54社あるが、その約6割(32社)は増配を予定している。累進配当やDOEを採用していること、あるいは配当性向やDOEの目標数値を引き上げることが、増配予想の背景にある。

このような株主還元を強化する動きは、投資家に好感されるケースが多い。しかし、減益が続けば、今の株主還元方針を維持できなくなる可能性が高まるだろう。また、方針の中には、目標数値の引き上げや累進配当を「現在の中期経営計画の間」のように一定期間に区切っているケースもある。この場合は、一定期間終了後に方針が以前の内容に後退するのかといった不透明感がある。投資家が「減配リスクの先送り」と懸念しないようにするには、利益水準の回復・拡大が必要だ。利益を増やすための売上増加(既存事業、M&A等)や費用削減(生産性向上、不採算事業の縮小等)の戦略に対する注目度が、今後一層高まるだろう。

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中村 昌宏
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 中村 昌宏