まずい店がまずい理由~サービス業の生産性について考える~

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2025年05月07日

中小企業診断士の更新要件を満たすため、年に数日、数人のチームで中小企業のコンサルティングを行っている。仕事ではなく、競合調査と称して食べ歩きする楽しみから、診断先には飲食店を選ぶことが多い。

飲食店の分析の基本はFL比率である。売上に対する食材費(Food)と人件費(Labor)の合計を意味し、一般的には6割以内が望ましいとされる。診断先の損益計算書からFL比率を計算すると、いずれもこの基準を満たしている。食材費も高すぎず安すぎず、週末に覗けば店はそれなりに賑わっている。

一見問題なさそうだが赤字が続く。年商から食材費を除き、さらに家賃や支払利息など固定費を差し引くと手元に残らない。粗利が少なく、人件費に回す余力に乏しいため、従業員の給与も上がらない。大きな声では言えないが、味も値段に見合っているとは言いがたい。

経験上、この手の店に共通する問題は「繁閑差」である。レジデータを分析すると、季節や曜日、イベントの有無による来客数の変動が大きいことがわかる。曜日やイベントに恵まれて満席になる日もあるが、閑散日に大きく落ち込むので年商ベースで稼げていない。クリスマスなど年中行事に勝負をかける店や(都鄙関係なく)観光地に目立つ。

席数、ホール・厨房のスタッフ体制など店のサイズはピーク時に合わせて設計される。対して、年商を左右するのはピークを含めた平均である。繁閑差をそのままにしておくと赤字を増やすことになる。飲食店は満席以上に売上を伸ばせないビジネスであることを忘れてはならない。

あやういのは、平時の赤字はピーク時に取り戻せばよいとする発想だ。ピークを臨時雇いで乗り切ろうとするのは、スタッフの熟練度も上がらず、サービスの質の低下にもつながりかねない。地方創生的にも所得の向上につながらず、雇用が不安定になるのでよろしくない。

味が値段に見合わないのも背後に繁閑差があった。変動幅が大きいほど客入りの予測がしづらく、仕入れにブレが生じる。満席見込みが外れたときのロスも多い。例えば食材費が売上の30%として、5,000円のコースなら食材費は1,500円となる。もっともこれは帳簿から計算した話であって、ロスが多いと目の前の料理の食材費は1,000円程度にもなる。

(帳簿上の)食材費の割に味がそれほどでもない理由に膝を打った。料理の腕が確かでも食材に十分なコストをかけられなければ、「値段の割においしくない」と感じられても仕方ない。

だいぶ前に受けた生産管理の講義で「在庫は悪」と教えられた。在庫を最小限に抑えるジャストインタイムの思想である。ここでいう「在庫」を飲食店で考えてみた。食材は冷蔵コストがかかる上、数日で価値を失い損失計上される点で製造業よりシビアだ。空席も淡々と積み重なる見えない在庫と考えれば、これを減らすことはやはり最優先で取り組むべき課題だろう。

同じ課題はホテル、文化・スポーツ施設など、「稼働率」がものを言うサービス業全般にあてはまる。シーズンオフがある観光関連ではなおさらだ。ピークに合わせてハコを大きめに作り、年に均すと結果的に過剰投資になっているケースが見られる。気をつけよう。

労働生産性とは従業員1人あたりが生み出す付加価値額である。付加価値には人件費も含まれるため、人件費削減が生産性向上につながるとは限らない。むしろ飲食店をはじめとするサービス業のポイントは、繁閑の波をできるだけ緩やかにすること。「ピークにどれだけがんばるか」ではなく「いかにピークを作らないか」である。平日に的を絞ったイベント、繁閑に連動した料金制度など閑散期を意識した底上げが改善の勘所だ。

稼働率の揺れを抑えれば正社員比率を高めることができ、従業員の手取りも増える。ひいてはサービスの質の向上にもつながるだろう。帳簿上の食材費ではなく、実際に提供される料理の食材費を増やせれば、味も良くなり客足も戻る。はたしてサービス業の「負荷平準化」は、製造業のジャストインタイムと同等に重視されていただろうか。さもなければサービス業の生産性向上に向けた伸び代は大きい。

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鈴木 文彦
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 鈴木 文彦