相互取引可能なボランタリー・カーボン市場(VCM)ネットワークの構築によって脱炭素化を加速

~APEC域内での国際取引実現に向け、ABACは試験的な売買を目指す~

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2024年11月06日

脱炭素化を推進するための有力な手段の一つとして、国際社会においてボランタリー・カーボン市場(VCM)への注目が高まりつつある。世界各国・地域の証券監督当局や証券取引所等から構成されている証券監督者国際機構(IOSCO、イオスコ)が2023年12月にVCMが十分に機能するためのグッドプラクティスを示した「Voluntary Carbon Markets Consultation Report(※1)」を発表したほか、米財務省が米国の関係省庁と共同で、脱炭素化への試みに民間資金を有効活用するため「Joint Policy Statement and Principles on Voluntary Carbon Markets(※2)」を公表している。日本では2024年6月から金融庁の「カーボン・クレジット取引に関する金融インフラのあり方等に係る検討会」においてVCMについて議論されている。

カーボン・クレジット制度には大別して2種類がある。一つは、「キャップ・アンド・トレード制度」である。国などが企業にCO2排出量の上限(排出枠)を割当て、つまり削減義務が課され、実際の排出量が排出枠よりも少なかった場合に、企業は排出権を取得する。実際の排出量が排出枠を超えた企業は、排出権を購入する義務を負う。実際の排出量が排出枠を上回った企業が下回った企業から排出権を買う仕組みだ。これは「義務的な排出量取引制度」と呼ばれたり、「コンプラインアンス市場」と呼ばれたりもする。EU排出量取引制度(EU ETS)が代表例である。

もう一つは、「ボランタリー・カーボン・クレジット制度」である。「ボランタリー」というのは削減義務が課せられておらず、自主的に排出削減に取り組むという意味である。例えばビルの照明を蛍光灯からLEDに取り換えることによって削減したCO2の削減量をクレジットとして取得する仕組みである。蛍光灯を使った場合のCO2排出量(ベースラインと呼ぶ)に対してクレジットが発行されるため、「ベースライン・クレジット制度」とも呼ばれる。排出量削減により発行されたクレジットを得た企業Aは、CO2排出量を削減したい企業Bにクレジットを売却する。企業Bは自社のCO2排出量の削減に充てるという仕組みである。自社のカーボン・ニュートラルを掲げる企業がここ数年ボランタリー・クレジットの買い手となっている。ちなみに、日本のJ-クレジットとGXリーグの自主的な排出量取引は、政府が制度管理者となっているが、企業に削減義務が課されていないという意味でボランタリー・クレジット制度に属する。

弊社の中曽宏理事長がABAC日本委員を務めており、私はスタッフとしてABACに関する活動をサポートしている(※3)。そこではアジア太平洋の政財界の声を聴いているが、ボランタリー・カーボンについて印象的だったのは、インドネシアの石炭火力発電所の早期退役についての議論である。同国は石炭火力発電所の早期退役を検討しており、これを実行する場合には、新たに再生可能エネルギーを利用した発電所の建設などに新たな資金が必要になる。そこで石炭火力発電所を退役することによるCO2削減量に見合ったボランタリー・カーボン・クレジットをインドネシアの電力会社が取得し、それを売却して資金を調達できる仕組みが作れないかという議論である。インドネシア国内にはボランタリー・カーボン・クレジットを購入できる主体は限られているため、東京・香港・シンガポール・シドニーなどの海外市場で売却できるようにしたいという要望である。この例からわかるように、VCMの相互取引を可能にすることにより、APEC域内の国や企業に脱炭素化に必要な資金を供給するとともに、脱炭素化を加速させることが可能になる。

中曽理事長は今年、ABAC金融・投資タスクフォースの議長を務めており、同タスクフォースでは、国際的に広く認められているVCS(Verified Carbon Standard)やGS(Gold Standard)などの認証制度に基づくボランタリー・カーボンを各市場で相互乗り入れ的に取引することを目指す「相互取引可能なボランタリー・カーボン市場(VCM)ネットワークの構築」という政策提言を策定した。そして、この提言を含む10の政策提言(※4)を10月21日にペルーのリマで開催されたAPEC財務大臣会合で行い、政策提言は承認された。今後は、関心を有する域内の企業や取引所を募り、実際に市場取引を試験的に行い、課題を特定したうえで対応策を検討していくことになる。

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山崎 政昌
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 山崎 政昌