2022年10月05日
ABACという言葉を聞いたことがあるだろうか。私は数年前まで全く知らなかった。ABACはAPEC Business Advisory Councilのことで、日本語での名称をAPECビジネス諮問委員会という。APEC(※1)(アジア太平洋経済協力)についてはご存知の方も多いと思う。アジア太平洋地域の経済発展のために組織された国や地域の枠組みである。ABACはAPECの唯一の民間諮問団体で、APEC首脳がビジネス界の声を直接聞くメカニズムとして設立されたものだ。その趣旨に沿ってABACでは毎年、APEC首脳への政策提言を行っている。弊社の中曽宏理事長がABAC日本委員を昨年1月から務めており、私は昨年10月から日本委員のスタッフとしてABACに関する活動に従事している。今年の7月にABAC内での議論を終え、提言が固まったので、そのうち経済と金融分野についてご紹介したい。
ABACでの議論は5つの作業部会に分かれて行われる。具体的には、「地域経済統合」「零細・中小企業と包摂性」「デジタル」「持続可能性」「金融・経済」の5つの作業部会がある。中曽委員は2022年金融・経済作業部会の部会長として、ビジネス界、国際機関、学界などの声を集め、同作業部会の提言とりまとめにあたった。
提言の内容は、大きく分類するとマクロ経済と金融に関する提言に分かれる。まずマクロ経済についての提言の要点をまとめると、短期的には、高インフレの固定化を防ぐために、金融政策によってインフレ期待を安定(アンカー)させる必要があること。財政支出の余力が少なくなる中で、財政政策としては、高インフレの悪影響が及んでいる経済的に脆弱な立場にいる人々への現金給付や的を絞った支援が必要であること。中長期的な観点からは、財政再建と債務削減を行いつつ、潜在成長率を高めるためにデジタルやグリーンへの投資を両立すべきであるということなどが提言に盛り込まれている。
金融面の提言は多岐に及ぶが、その中から短期的な観点から重要なものを一つだけ紹介する。次のパンデミックに備えるために、パンデミックリスクを保険や証券化の手法を使って吸収する手法を提言した。新型コロナウイルスの感染拡大による民間の損失の補填は政府の財政によって賄われてきたわけだが、こうしたやり方はいつまでも続くものではないという課題への解決策の一つを提示することが目的である。
具体的にはバンデミックボンドと呼ばれる債券をSPC(特別目的会社)等が発行する。パンデミックが発生した際、一定の条件を満たした場合には、債券の元本をパンデミック対策費用に充当する。ここで一定の条件は、売上が一定程度減少した場合といったことなどをあらかじめ決めておき、その条件を満たした場合、自動的に保険金を支払うということである。こういうタイプの保険をパラメトリック保険という。パラメーター、つまり変数に基づいて保険金の支払いを行う。
これにより従来型の保険では実現できない迅速な支払いが可能になる。こうした債券への投資を行う投資家は、伝統的な株式や債券といった金融商品とは異なるリスク特性を持つ資産への分散投資を進めたい投資家ということになる。すでにAPEC域内で案件形成が進んでいると聞いている。これは保険の専門家を中心に議論が進められた。
このようにABACの活動は非常に有意義なもので、より多くの方々にこの活動について知っていただきたいと考えている。
(※1)APECには、21の国・地域が参加している。1989年の発足メンバーは日本、米国、カナダ、豪州、ニュージーランド、韓国、インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、マレーシア、ブルネイ。1991年に中国、ホンコン・チャイナ、チャイニーズ・タイペイが参加。1993年にはメキシコ、パプアニューギニア、1994年にチリ、1998年にロシア、ベトナム、ペルーが参加した。
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- 執筆者紹介
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政策調査部
主任研究員 山崎 政昌
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