デジタルとアナログの心地よい関係

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2024年10月07日

先日、自宅近くで実証実験が行われているAIオンデマンドバスに乗車する機会があった。これは従来の路線バスのように決められた停留所間で運行するのではなく、利用者がスマートフォンの専用アプリの地図上で乗車・降車したい場所や乗車日時を指定することで、個別にカスタマイズした移動サービスを可能にしたものだ。相乗りが想定されている点でタクシーとも異なっており、AIで最適なルートを計算することで、運行する会社にとっても効率的なサービスの提供が可能になる。免許返納などで移動が困難となりやすい高齢者にとっては有望な選択肢になると期待されている。

また近年は、移動サービスをより自由で快適にするためのMaaS(Mobility as a Service)という概念も世界で注目されている。これは、ICTを活用して目的地までの人々の移動を切れ目のないサービスとして捉え直すことであり、目的地までの交通手段の一括検索・予約・決済やそれを実現するための多様な交通手段(交通モード)の提供を目指すものだ。後者には例えば、電動キックボードやレンタサイクルなどが該当し、電車やバスなどの公共交通手段では目的地までたどり着けない残りの距離、いわゆるラストワンマイルを担う手段として世界で導入が進んでいる。日本でも都心部などで電動キックボードに乗る若者をよく見かけるようになったが、今後は高齢者でもより安全に乗車できるような交通手段の開発が望まれる。

これらのサービスは、いずれもスマートフォンにインストールした専用アプリの操作を前提としている。しかし、こうした操作を必要とする現在のやり方で、果たして高齢者にどこまでサービスが届くのだろうか。デジタルのメリットをますます享受できる時代にはなったが、利用者が直接触れるUI(ユーザー・インターフェイス)の使い勝手にはさらなる改善が必要かもしれない。

このUIの使い勝手の問題は何も高齢者に限った話ではない。例えば、自動車の安全性の面でも、最近UIの方向性で大きな動きがあった。欧州で自動車の安全性評価を行う機関であるEuro NCAP(European New Car Assessment Programme)が、2026年からウインカー、ワイパー、ハザードランプ、緊急時のSOSボタンといった走行に重要な操作において物理スイッチを用いていることを、安全面の評価基準として入れると発表したのだ(※1)。最近の自動車産業で注目されるSDV(Software Defined Vehicle)(※2)の流れもあり、エアコンスイッチなどの手で触って操作している感触が掴める、アナログな物理スイッチを極力排除する動きが世界で強まっていた。しかし、タッチパネルでの操作は押している感触が得られにくいことや、画面を見ないと操作できない点が安全性の面で問題視されるようになり、最近ではドイツなどの自動車メーカーで物理スイッチ設置へ回帰する傾向にある。

もちろん、デジタルを中心とした社会の流れは今後も続くだろう。しかし、デジタル技術の利活用という面では必ずしもデジタル一辺倒とはいかないのではないか。デジタルとアナログをどのように組み合わせれば人々にとって心地よく使えるようになるのか、今後は様々な場面で両者の関係を真剣に考える機会が増えてくるものと思われる。

(※2)ソフトウェアを基軸として新たに自動車を設計することであり、インターネット接続によって様々な機能のアップデートだけでなく追加もできることや、自動運転に向けた運転の総合管理などが可能になる。電気自動車とも相性が良いことから、今後の自動車産業を考える上で非常に重要な概念として近年注目されている。

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溝端 幹雄
執筆者紹介

経済調査部

主任研究員 溝端 幹雄