トランプ前大統領による‘SALT cap’の撤廃表明、アピールできる激戦州は一つのみ
2024年09月27日
11月5日に実施される米国大統領選挙が、間近に迫ってきている。
共和党候補のトランプ前大統領と、民主党候補のハリス副大統領は、去る9月10日、最初で最後となりそうなテレビ討論会に出演した。
実際にテレビ討論会のパフォーマンスを視聴した印象としては、トランプ前大統領はあまりにも冷静さを欠いていた。党内からも批判があがったようである(※1)。
その1週間後の9月17日、トランプ前大統領から、重大な声明が発表された。
声明の一部を抜粋すると、‘I will turn it around, get SALT back, lower your Taxes, and so much more.’となる(※2)。
ここでいう‘SALT’とは、‘State and Local Tax’の略であり、「州・地方税」の意である。固定資産税、財産税、及び所得税(又は売上税)が対象となる。
この‘SALT’については、前共和党政権時の2018年より施行されている、「減税・雇用法」にて、$10,000の控除額上限(‘SALT cap’)が新たに導入されている(※3)。
‘SALT cap’が導入されるまでは、‘SALT’の控除に上限はなかった。「減税・雇用法」施行前の2017年時点では、その恩恵の約91%は、年収$100,000以上の比較的裕福な世帯に集中していた(※4)(※5)。
また、それらの世帯は、カリフォルニア州、ニューヨーク州、ニュージャージー州、イリノイ州、テキサス州、ペンシルベニア州の6つの州に集中していた(※6)。
この6つの州のうち、伝統的に共和党支持者が多い「赤い州」であるテキサス州、両党の支持者が僅差の「激戦州」であるペンシルベニア州以外の4つの州は、伝統的に民主党支持者が多い「青い州」である。
‘SALT cap’は、2025年末までの時限立法である。共和党は、2024年の政策綱領(7月8日公表)にて、‘SALT cap’を含む、「減税・雇用法」の時限立法を恒久化する旨謳っている。
にもかかわらず、前述のとおり、トランプ前大統領は、翌日にニューヨーク州での集会を控えたタイミングで、‘get SALT back’と表明した。
これは、‘SALT cap’を撤廃する、という意味だろう。‘SALT cap’の撤廃は、向こう10年間(2026年から2035年)で$1.2兆の税収減をもたらし得るとの分析があり(※7)、その影響は甚大である。
選挙キャンペーンが大詰めを迎えたこの段階で、両陣営が最も資源を割くべきエリアは、7つの「激戦州」(アリゾナ州、ジョージア州、ミシガン州、ネバダ州、ノースカロライナ州、ペンシルベニア州、ウィスコンシン州)に他ならない。
しかし、‘SALT cap’の撤廃がアピールとなる「激戦州」は、ペンシルベニア州のみである。
そのため、トランプ前大統領の声明は、単に、訪問先のニューヨーク州へのアピールだけを意図した、思いつきなのではないか、と勘ぐってしまう。
こうした行動を見るにつけ、冷静さを欠いたテレビ討論会でのパフォーマンス以降、トランプ前大統領に焦りがあるように見受けられるのである。
(※1)‘Trump Debate Performance Frustrates Republicans’ THE WALL STREET JOURNAL(2024/9/11、最終閲覧日:2024/9/18)参照
(※4)‘Tables Related to the Federal Tax System as in Effect 2017 through 2026’ The Joint Committee on Taxation(2018/4/24)、Table 7.参照
(※5)米労働省労働統計局が本年4月に公表したデータ(2023年5月時点)によると、米国人の平均年収は$65,470、年収中央値は$48,060となっている。
(※6)‘State and Local Tax (SALT) Deduction’ Tax Foundation(最終閲覧日:2024/9/18)参照
(※7)‘SALT Cap Expiration Could Be Costly Mistake’ Committee for a Responsible Federal Budget(2024/8/28、最終閲覧日:2024/9/18)参照
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ニューヨークリサーチセンター
主任研究員(NY駐在) 鈴木 利光