雇用環境の好不調を示唆する米雇用者数のハードルは下がった?
2024年09月18日
米国では懸案だった高インフレが減速トレンドを続け、利下げ観測が強まる中、市場の注目は景気の悪化に移った。とりわけ、7月の雇用統計で失業率がサーム・ルール(直近3カ月の失業率と過去12カ月で最も低かった失業率の差分が0.5%pt以上になると景気後退となる可能性が高い)の基準に達したことで、雇用環境の悪化が目下最大の懸念材料となった。9月6日に公表された8月の雇用統計においても、5カ月ぶりに失業率は低下したが、非農業部門雇用者数(以下、雇用者数)の過去分(6-7月)が下方修正され、8月も市場予想に届かなかった。ウォラーFRB理事は、雇用統計直後の講演会で、雇用環境は悪化してはいないが軟化しているとし、今後一層悪化すれば迅速かつ大幅な利下げを実施することを示唆した。
他方で、何を目安に雇用環境が悪化したと判断するのかは漠然としている。8月の雇用統計で注目された雇用者数について考えると、雇用者数は一般的に前月差+20万人以上が好調、それ未満が不調とされる。このほか、その時々の状況に応じて変化する基準としては、市場予想も一つの目安だ。8月の市場予想は中央値が同+16.5万人と、雇用環境の悪化懸念を背景に、同+20万人より基準が引き下がっていた。もっとも、8月の市場予想の中央値ですら、雇用者数の悪化の目安としては水準が高すぎるかもしれない。例えば、人口の増加分を上回る米雇用者数の伸び幅を、雇用悪化の目安として考えてみると、2024年1-8月の人口の増加ペースは1カ月当たり+10.8万人だった。雇用者数の変動の大きさを考慮して3カ月移動平均を見ると、8月の雇用者数は前月差+11.6万人となり、この目安をかろうじて上回った。現在の人口の増加ペース、および7-8月の雇用者数の伸びを基にすれば、10月に公表される9月の雇用者数が前月差+9.3万人以上となれば、3カ月移動平均ベースの雇用者数が人口の増加分を上回ることになる。
雇用者数の先行きを巡っては、不法移民が不確定要素といえる。2021年から増加傾向にあった不法移民の流入ペースは、2023年末をピークに減速傾向を示している。バイデン政権は2024年6月に不法移民の流入を制限する大統領令を発令しており、今後も不法移民が大幅に増加することは考えにくい。米国ではすでにプライムエイジ(25-54歳の働き盛り世代)の労働参加率は高水準にあり、更なる労働参加の積極化が見込みにくい中で、不法移民の流入ペースがさらに減速すれば、雇用者数の伸び幅も縮小しやすくなるだろう。本来であれば、不法移民の流入ペースが減速すれば、人口の増加ペースも鈍化することから、たとえ雇用者数の伸び幅が縮小しても、雇用環境の悪化は限定的と考えるべきだ。しかし、不法移民の動向はタイムリーに捕捉しづらく、市場参加者も雇用者数や人口への影響度合いを事前に織り込みにくい。市場参加者が雇用者数の減速を従来の基準で評価し、FRBに対して大幅利下げを催促するような状況が続くことも想定されるだろう。
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経済調査部
主任研究員 矢作 大祐
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