「つぶれない店」を見抜く力と金融検査マニュアル

RSS

2024年08月28日

帝国データバンクの調査によれば、2023年度において粉飾決算などのコンプラ違反を伴う倒産が3年連続で前年度を上回り、比較可能な2003年度以降で最高となった。粉飾倒産の中にはベアリング販売の堀正工業など54もの銀行を巻き込んだケースもあった(※1)。

一部で懸念されているのが銀行の粉飾を見抜く力の低下だ。2019年12月、金融検査マニュアルが廃止された。当時の課題は足下の財務状況や担保・保証を重視し、事業の将来性を評価しないために起こる「日本型金融排除」だった。一方、金融検査マニュアル、特に別冊の中小企業融資編はルールブックというより参考書、いや融資担当者の「虎の巻」だった。決算書類をうのみにせず、周辺情報を総動員して真の返済能力を見抜くノウハウが凝縮されていた。

粉飾はともかく、倒産の危険性が低いにもかかわらず赤字決算とするケースは多いと思われる。国税庁によれば、2022年度で全法人の61.1%が欠損法人、ひらたく言えば赤字企業だった。ちなみに過去最高は2009年度の72.8%だ(※2)。他方、データの制約で少々古いが2009年4月の地方銀行の貸出先で要注意先以下は28.7%だった(※3)。集計範囲の違いに加え地域性もあるため単純比較はできないが、このギャップは何だろうか。

申告上の所得と返済能力が必ずしもリンクしないからだ。スタートアップやベンチャーばかりが中小企業ではない。自分の裁量でものづくりをするため独立するケースもあれば、雇用の受け皿としての創業もある。IPOやM&Aどころか、企業価値向上を意識する中小企業さえ多くはない。そもそも外部に利益配当しない中小企業にしてみれば余分な利益を出しても仕方がない。申告所得はできるだけ少なくし、節税に知恵を絞る。代表者の報酬を増やしたり、家族に給料や家賃を支払ったりする。

節税対策に腐心する企業にとって決算書上の利益はそれほど重要でない。こうした場合、決算情報をうのみにしては実態を見誤る。経営者やその家族の年収や財産目録を総合的に考慮しなければ真の返済能力を把握できない(※4)。銀行にしても関心事は黒字か赤字よりむしろ返済能力にある。ここで求められるのは、赤字決算だが返済能力に問題ないことを見極める力だ。これは黒字決算から倒産の兆候を察知する、ひいては粉飾を見抜く力と本質的に同じである。

そうした職人技を文章化したのが金融検査マニュアルだった。「中小・零細企業等については、当該企業の財務状況のみならず、当該企業の技術力、販売力や成長性、代表者等の役員に対する報酬の支払状況、代表者等の収入状況や資産内容、保証状況と保証能力等を総合的に勘案し、当該企業の経営実態を踏まえて判断するものとする」、また、「中小・零細企業で赤字となっている債務者で、返済能力について特に問題がないと認められる債務者」を直ちに要注意先と判定してはならないと明記されている。「貸し渋り」批判を受けて後から加えられた別冊が「中小企業融資編」だ。「代表者の資力を法人・個人一体とみることについて」など検証ポイントが28の実践例とともに掲載されていた。

審査能力は周辺情報への感度にも表れる。数字に表れない業況悪化の兆候を早期発見するため、まずは預金口座の残高の動き、支払先や入金元のモニタリングは欠かせない。常日頃のコミュニケーションも重要だ。特に中小企業で「企業は人なり」といえば経営者のことである。オーナー企業では特にそうだが、経営者に万一のことがあれば存続さえ危ぶまれる会社もある。この場合、健康状態や後継者の動向も重要なリスク情報となる。

「つぶれない店」を紹介する人気バラエティ番組があるが、こうした店こそ地域金融機関の「飯のタネ」だ。決算書類をうのみにせず、周辺情報を集め、倒産しない確信を得て融資するが相応の金利は取る。実行後は日々のモニタリングでリスクを制御する。表面的な業況と真の返済能力のギャップの収益化が地域金融機関ビジネスモデルといえる。この手の融資案件を目利きする力は、昔気質の銀行員や当局のベテラン検査官ならみな持っていた。「金利のある時代」を迎え、金融検査マニュアルの廃止当時から環境は再び変わりそうだ。「つぶれない店」を見抜く力の復権が期待される。

(※1)帝国データバンク「コンプライアンス違反企業の倒産動向調査(2023年度)」
(※2)国税庁「令和4年度分会社標本調査結果について」
(※3)全国地方銀行協会「地方銀行における『地域密着型金融の取組み状況』(平成21年度)」
(※4)むしろ、決算書類をあれこれ詮索されるより不動産担保力や個人の信用力を評価してほしいと考える経営者もおり、そうしたニーズに応えた事業者向けローンもある。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

鈴木 文彦
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 鈴木 文彦