投資家と上場会社へのヒアリングにみる事業ポートフォリオ見直しの難しさ

RSS

2024年05月13日

投資家と上場会社の間で議論が平行線になり得る項目として事業ポートフォリオの見直しがある。これは、会社が複数の事業を持つ場合、企業価値を最大化させるために事業に投入するヒト・モノ・カネといった経営資源を効率的に配分することに大きな目的がある。すなわち、低収益事業やノンコア事業を売却・撤退し、高収益事業やコア事業への投資を通じて事業の選択と集中を進めることである。

先日、金融庁で行われた「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(第29回)で公表された「資料5 参考資料」では、多数の投資家と上場会社に対するヒアリングに基づいて、事業ポートフォリオの見直しに対するそれぞれの考え方が示された。投資家の1人は「利益ではなく売上高を重視するあまり、会社にとって戦略的に採算性の低い事業・セクターを分割・売却出来ないことが多く、新陳代謝を阻害している。企業が得意分野への選択と集中を行わなければ、高付加価値の新産業の創出は困難。また、そのためにも経営者の資本コストに関する教育・啓発が重要。」と発言しており、会社に積極的な事業再編を期待している。

それに対して、会社の1つは「投資家は分散によるリスクマネジメントは投資分散で行いたいという考え方。企業は企業内部でのリスク分散を考えなくてはならず、リスク分散を踏まえた事業ポートフォリオマネージメントを行っている。コングロマリットについてはネガティブ評価をされがちで、シナジーも含めた説明に注力しているが、有意義な対話をした後でも意見が平行線となることが多い。」と述べており、投資家との目線の違いを明らかにし、理解が進まない残念さを滲ませている。

現在の事業形態はこれまでの歴史の積み重ねであり、それぞれの時代において最適な形態を模索した結果である。現在進行形でビジネスが動いており、従業員もいるため、売却などの再編をそう簡単に行えるものではない。また、外部からは認識することが難しいが、事業ごとにつながりがあり、会社の発展に貢献しているケースもある。

そうであるならば、会社は現在の事業形態におけるメリットを投資家が理解できるように説明する必要があろう。例えば、上述した「意見が平行線となることが多い。」とした会社とは別と思われる会社が、投下資本収益性のハードルレートを10%に設定して、投資配分の判断基準を6象限に分けた上で製品ごとにその位置付けを示したことが、投資家から評判が高かったと述べている。この6象限は縦軸を資本収益性の水準で3つに分け、横軸に事業将来性の高低で2つに分けたものと推測される。もっとも、最初から製品ごとに位置付けを表した資料を作成することは簡単ではない。まずは、事業ごとの今後の環境・戦略・経営資源の配分、事業間のシナジー、リスク分散の意味合いなどを精査し、説明の材料としていくことも考えられる。

機関投資家は年金基金や個人などから資金を集めて投資しており、それらの資金供給者への説明責任がある。投資家の説明責任を充足できるように、上場会社が対応することはさらなる投資資金を会社へ引き寄せることにつながる可能性もある。もちろん、投資家の要望に全て対応することは難しいが、可能な限り対応することはお互いの理解を深める上で大事である。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

神尾 篤史
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 神尾 篤史