グリーンスチールは製造業の脱炭素化の決定打となるか

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2024年04月01日

最近、メディア等でグリーンスチールに関する話題を目にする機会が増えた。グリーンスチールとは、製造段階のCO2排出量を大幅に削減した鉄鋼材料を指す。世界が目指す脱炭素社会の実現に向けては、再生可能エネルギーなどのクリーンエネルギーへの転換だけではなく、エネルギー転換部門以外の産業部門を脱炭素化していくことが非常に重要となる。鉄鋼業は製造業を支える基盤であり、国内産業部門全体のCO2排出量の約4割を占めることから(※1)、その製造段階の脱炭素化に大きな期待が寄せられている。

現行の製造プロセス(高炉法)においては、鉄鉱石を高炉でコークス(石炭を蒸し焼きにして炭素部分を残したもの)と併せて還元することで鉄を生成するが、その際に大量のCO2が排出される。このため、製造プロセスの抜本的な転換が必要だ。グリーンスチールの製造方法の中でも、革新的な方法として注目されているのが、炭素の代わりに水素を用いて還元する水素還元製鉄である。

グリーンスチールを巡っては世界の企業が開発競争にしのぎを削っており、我が国の産業競争力強化の観点から政府の後押しが必要だ。岸田政権は、官民協調で150兆円強の投資を目指すグリーントランスフォーメーション(GX)戦略を掲げ、今年2月にクライメート・トランジション利付国債(GX経済移行債)を約1.6兆円発行したが(※2)、その充当予定事業の筆頭に水素還元製鉄に関する革新的技術の研究開発支援(約2,500億円)が選定されている(※3)。政府はグリーンスチールを半導体などと並び重要物資の一つに指定し、生産量に応じた税優遇を新たに導入する方針であり、その注力度がうかがえよう。

さて、関連して金融業界で昨年、注目すべき新たな動きがあった。オランダの金融大手INGグループが2023年以降、コークス製造の原料である原料炭につき新たな鉱山採掘及び既存の鉱山の拡張へのファイナンスを提供しないと発表したのである(※4)。銀行などの金融機関はこれまで、燃焼時に大量のCO2を排出する一般炭につき採掘などへの投融資を禁止していたが、原料炭については対象外としていた。INGグループの取組みは、鉄鋼の製造プロセスにおける原料炭からのCO2排出に金融面から一定の歯止めをかけるものであり、その意義は大きい。INGによるこのような動きは今後、日本を含む他のグローバル金融機関にも広がる可能性があり、民間企業の水素還元製鉄開発へのインセンティブ向上にも寄与するものと考えられる。

CO2を排出しない水素還元技術が確立されるのはまだ先だが、国内外の鉄鋼各社は脱炭素を目指すための移行措置として、マスバランス方式(※5)を適用したグリーンスチール製品の販売を一部開始している。鉄鋼業における脱炭素実現のハードルは決して低くないが、GX政策の後押し等でブレイクスルーがもたらされ、排出量ゼロのグリーンスチールの社会実装を通じて脱炭素社会の実現につながることを強く願っている。

(※5)特性の異なる原料が混合される場合に、その特性を持つ原料の投入量に応じて、製品の一部にその特性を割り当てる手法。鉄鋼メーカーのケースでは、排出削減プロジェクトによって実現したCO2削減量を、任意の鉄鋼製品に割り当てる。

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依田 宏樹
執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 依田 宏樹