TOB・大量保有報告制度の見直しと欧州型制度への移行論

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2024年02月07日

金融庁の金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ」(WG)では、公開買付(TOB)制度・大量保有報告制度等のあり方について幅広い検討が行われ、2023年12月にその検討結果がWGの報告書として取りまとめられた。報告書では、①これまで取引所外の取引により株券等(※1)を取得して株券等所有割合が3分の1超となる場合に公開買付けの実施を義務付けてきた、いわゆる3分の1ルールを、取引所内の取引により株券等を取得する場合にも適用すること(あわせて、3分の1の閾値を30%に改めること)、また、②今日、一連のコーポレートガバナンス改革の関連で企業と投資家との間の建設的な対話の充実が求められる中、広がりを見せている協働エンゲージメント(他の投資家と協働して個別の企業との対話を行うこと)の遂行の支障とならないよう、大量保有報告制度上の重要概念である「重要提案行為」や「共同保有者」の範囲を限定・明確化することが提言された。(※2)さらに、報告書では、公開買付制度・大量保有報告制度にかかる前回2006年の法改正以降の実務の経験などを踏まえて、制度の細目についても様々な見直しが提言されている。報告書を受けて、金融庁は、この通常国会に金融商品取引法の改正案を提出する方針だ。改正法が成立すれば、両制度にかかる18年ぶりのまとまった改正となる。

ところで、報告書において注目されるのは、将来的に欧州型の(公開買付)規制への移行の可能性を念頭に置く旨の記述が行われている点だ。欧州型の制度において、公開買付制度は、支配権移動の場面において少数株主が公平な価格で株券等を売却するための制度として位置付けられる。そして、取引所内・取引所外いずれの取引による場合でも、株券等保有割合が一定の閾値(例えば30%)を超える段階では公開買付けの実施が求められず、閾値を超えた後に事後的に公開買付けの実施が義務付けられる。(※3)しかし、報告書の中で実際に行われている提言をみると、取引所内の取引を公開買付制度の適用対象とするとともに閾値を30%に引き下げるなど、一見欧州型に近づくかのような外見を取りつつ、実のところ、株券等保有割合が閾値を超えることに対してこれまで以上に厳格な事前のハードルを設ける形になっている。これは、欧州型とは逆方向の内容とも解することができる。

公開買付制度は、その国の会社制度や取引所制度、それらに対する人々の認識などと離れて存在することは難しい。公開買付制度だけを海外の制度に移行させたとしても、それが最終的に日本の諸制度とうまく噛み合うかどうかは分からない。少なくとも現時点で、こうした検討が十分に行われ、それが広く人々に共有されているとは考えにくい。そうした中で欧州型の制度への移行と言ってみたところで、結局のところ、欧州型の制度を部分的に日本の制度に取り込むに留まり、結果として欧州型とは似て非なる制度ができあがることとなりかねない。十分な注意が必要だろう。

(※1)株券等には、株券の他、新株予約券証書や新株予約権付社債券などが含まれる。
(※2)大量保有報告制度では、株券等の大量保有者(株券等の議決権保有割合が5%超)となった場合に5営業日以内に大量保有報告書の提出が、その後、保有割合が1%以上、増減した場合には5営業日以内に変更報告書の提出が求められる。その際、共同して株券等を取得または譲渡することを合意している者や共同して株主としての議決権その他の権利を行使することを合意している者などが存在する場合には、それらの者(「共同保有者」)の保有割合も合算しなければならないとされる。さらに、日常の営業活動等において反復継続的に株券等の売買を行っている機関投資家については、事務負担の軽減の観点から、月2回の報告書の提出でよいとされる。ただし、この特例報告制度の利用は、保有割合が10%を超えないことの他、「重要提案行為」を行うことを目的としないことが要件とされる。
(※3)加えて、この公開買付けの実施に当たっては、全部買付けの実施(全ての株主に対して公開買付けを行い、応募のあった全ての株券等を取得)が義務付けられるとともに、公開買付価格にも一定の規制が置かれ、買収対象会社の取締役会には中立義務が課される(株主の事前承認がない限り、買収を妨害する行為をしてはならないこととされる)。

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池田 唯一
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専務理事 池田 唯一