キュビスムとジオラマ風写真からホワイトカラーの行く末を考える

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2023年12月20日

  • コンサルティング企画部 主席コンサルタント 廣川 明子

国立西洋美術館で開催されているキュビスム展を訪れた。キュビスムとは20世紀初頭のパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによる芸術運動である。伝統的な写実主義や視覚的表現に挑み、様々な角度で物体を分解して幾何学的な形で再構成する新たな手法を示した。西洋美術に革命的な影響を与え、近代芸術の可能性を広げるきっかけになったとされる。代表作として『アヴィニヨンの娘たち』『ゲルニカ』がある。

展覧会に足を運んだのは、キュビスム勃興の契機が写真の普及であったと聞いたからだ。自然の模倣を追求していた当時の画家たちにとって写真は脅威であり、新たな表現手法を模索する原動力になっただろう。昨今、ホワイトカラーは生成AIの普及により付加価値がなくなる可能性を指摘されており、海外では既に雇用や月収が減じる事態が起きている(※1)。人間が技術革新にどう対峙するか、我々の行く末を考えるヒントになるのではないかと考えた。

ホワイトカラーの業務は、情報を集めて整理統合、分析、企画立案、判断、実行することに分解される。情報の整理統合や分析などの「作業」は生成AIの得意とする領域であり、「作業者」としてのホワイトカラーは淘汰されるだろう。だからこそ我々が生き残る道は、生成AIにはできない「何をしたいか」「どうありたいか」を考え、様々な数字と言葉、大量のデータを再構成し、意思を持って判断する存在になることではないだろうか。タイトルがなければ何を描いたか理解できないものの、意思と力強さが伝わる四角と円が組み合わされた絵画の前で思いを巡らせた。

さて、風景をジオラマのように撮影する写真家に本城直季氏がいる。彼の作品は、現実を超えた暖かく美しい世界を描き出しており、時に癒され勇気づけられる。生まれ育った場所や世界に不思議な違和感を覚え、この世界を知りたい、俯瞰したいという思いが制作の原動力になっているそうだ(※2)。スマホでもジオラマ風の写真を撮影することはできるが、似て非なるものであり、心を動かされることはない。

キュビスムの絵画と本城氏の写真に対する感想は筆者の主観だ。作品や作者のエピソードなどの背景に心を惹かれたからこそ、作品を好ましく感じている。同様に、生成AIを使うことが目的化し、「何をしたいか」という思いや顧客に提供したい価値がみえなければ、データセットをいくら充実させたとしても、人の心を動かしたり、ビジネスにおいて大きな決断を促したりすることは難しいのではないだろうか。

ホワイトカラーはかつてパソコンやインターネットを習得したように生成AIを活用することが求められるだろう。「作業」から解放されたとき、「何をしたいか」を考え判断するために、価値観や包括的な人間力が強く問われる。技術が進化するからこそ、技術に偏らない人材のありかた、育成がこれまで以上に求められると思う。

(※1)新田尭之「生成 AI が日本の労働市場に与える影響①」2023年12月8日 大和総研リサーチレポート

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廣川 明子
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コンサルティング企画部

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