「プリゴジンは生きている」という報道の真偽は?

RSS

2023年12月08日

筆者が今年10年のロンドン駐在を終えて日本に帰国して真っ先に行ったのは、テレビで流れるロシアに対する報道をチェックしたことである。英国では視聴用アプリが制限されていたため、日本のテレビをあまり観ることができず、日本で出演するロシアの専門家の意見を聞くことができなかった。

予想どおり日本の専門家の調査に基づく報道はロシア経済に否定的なものが大宗を占めていた。一方、最近、旧知のロシア人が口をそろえて言うのは、ロシアの景気はかなり良いという事実である。ロシア政府のバラマキ財政により景気が過熱気味で、2023年10月のロシアの失業率は過去最低の2.9%まで低下するなど、戦時好景気の様相を呈している。心配されていたモノ不足もあまりみられず、西側諸国のブランド品や炭酸飲料、スマートフォンなども今までどおり購入できるという。2023年10月の小売売上高は前年比12.7%増(9月は同12.2%増)まで加速している。IMF(国際通貨基金)の2023年10月の経済見通しでは、2023年のロシアの通期GDPは前年比2.2%に上方修正(2022年7月見通し:同1.5%)されたが、ロシア国内では旺盛な消費意欲にささえられ同3%越えも視野に入ったとの予想も報じられている。

好景気も手伝い、ロシア国内でプーチン大統領が来年3月の大統領選に勝利することを疑う者はほとんどいない。ペスコフ露大統領報道官もプーチン大統領が「間違いなく」当選すると断言している。そもそもロシアの権威主義体制下で、野党候補が名乗りをあげる余地もほとんどない。プーチン大統領は、2018年の前回大統領選では得票率77.5%で4選を果たしたが、2021年の憲法改正で、さらに2期12年、大統領の座に留まれるようにした。2030年の大統領選でも勝利すれば、2036年までの長期政権が可能となる。

ただし、今回の大統領選はウクライナ侵攻後初の選挙として重要な意味を持つ。プーチン政権も通算20年を迎え、これまで築き上げた政治的正統性(Electoral legitimacy:選挙で選ばれた指導者の権限に疑いの余地がないこと)にも限界が見え始めている。特に現時点で「特別軍事作戦」に特別熱意を持っているロシア国民は多いとは言えない。独立系調査会社レバダ・センターの2023年10月の世論調査によれば、55%が和平交渉を希望し、侵攻継続すべきという声を既に上回っている。そもそもロシア国民の多くは、抑圧を恐れ政治から距離を置くことを望み、自分の命を危険にさらすほどウクライナ侵攻に関心を持っているとは言い難い。クレムリンはこのような世論の変化を察知しており、政権批判を助長する侵攻が選挙後も長引けば、国内の不支持にさらされることを危惧している。

一方、日本の報道で一番驚いたのが、ロシアで圧倒的な人気を誇るスロビキン元総司令官を知る日本人は少ない中で、2023年8月に飛行機事故で死亡したワグネル・グループ創設者のプリゴジン氏を多くの日本人が知っているという事実である。

旧知のロシア人曰くプリゴジン氏をめぐってはロシア国内では生存説が根強く、国民の多くがまだ生きていることを信じているという(尋ねた本人も信じていた)。ウクライナ侵攻に対する日・ロの報道は異なる側面が多いが、プリゴジンの生存説はどちらの報道を見ても真偽はあきらかでないと、珍しく同じ論調が多いことも興味深い。プリゴジン氏が現時点で生きていると断定することは困難であるが、ロシアではかなり人気の人物で大統領選の有力候補でもあった。謎は深まるばかりであるが、日・ロ双方で注目度が高い数少ないロシア人であったことには違いないのかもしれない。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

菅野 泰夫
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 菅野 泰夫