人神信仰から考える「お客様は神様です」の真意

~東京メトロ千代田線沿線の人神神社~

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2023年11月29日

「人神」(ひとがみ)すなわち実在の人物が神として祀られた神社がある。東京の場合、なぜか東京メトロ千代田線の沿線に多い。駅ナンバー順に挙げてみよう。

代々木公園駅(C02) 代々木八幡宮の祭神は天皇家第15代の応神天皇
明治神宮前〈原宿〉駅(C03) 明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后が祀られている。また、原宿の東郷神社の祭神は日本海海戦を指揮した東郷平八郎海軍元帥
乃木坂駅(C05) 乃木神社は旅順攻囲戦を指揮し、明治帝に殉死した乃木希典陸軍大将
大手町駅(C11) 最寄りに平将門を祀る将門塚がある
新御茶ノ水駅(C12) 神田明神の祭神の1柱が平将門
湯島駅(C13) 合格祈願で知られる湯島天満宮は天神様こと菅原道真が祀られる
根津駅(C14)上野東照宮の祭神は東照大権現こと徳川家康

人神には大きく2つの文脈がある。まずは生前の功績を称え崇敬すること。そして厄災を引き起こす怨霊を祭り鎮める御霊信仰だ。平将門、菅原道真に崇徳院を含め日本三大怨霊と呼ばれる。

神社巡りをしながら「お客様は神様です」について考えた。人が神になるならお客様もやはり神なのか。たしかに、お客様もご利益をもたらしてくれる感謝の対象だ。一方はなはだ気まぐれでぞんざいに扱えば祟られる性質も「神様」らしい。

他方、「お客様は神様です」の精神がカスハラ、すなわち過剰な要求、商品やサービスに対する不当な言いがかりを助長するという声も耳にする。しかしその手の無理難題を執拗に突きつける人神はいない。慎み深く真摯に向き合えば天神様のようにご利益をもたらしてくれる。

歴史をさかのぼれば、明治40年頃に編纂された「三越小僧読本」にはこう書いてある。「そもそも御客本位というは、御客様大明神のことなり、御客様一大事なり、御客様の御無理を御道理とするにあるなり」。もっとも顧客の過剰な要求を受け入れるという意味ではない。当店の客層から察するに、御客様大明神として接遇されるに足る品性が暗黙の前提にある。

乃木神社はアイドルグループ「乃木坂46」のファンが集まる「聖地」でもある。アイドルは「物神」だが、たしかに「推し」が人をアイドルに育てるプロセスは特定の人を神に推し上げるプロセスと似ている。ファンあってのアイドルであるように、信仰する人あっての神でもある。神と人は相互依存の関係なので、神様だからといって何をしても許されるわけではない。神様のように接してもらうにはお客の側も神様らしくふるまうことだ。

ところで「お客様は神様です」といえば国民的歌手の三波春夫の口上としてあまりに有名だ。とかく曲解されがちな名言について生前このように言っていた。

「私が舞台に立つとき、敬虔な心で神に手を合わせたときと同様に、心を昇華しなければ真実の芸は出来ない—と私は思っている」
「われわれはいかに大衆の心を掴む努力をしなければいけないか、そしてお客様をいかに喜ばせなければいけないかを考えていなくてはなりません。お金を払い、楽しみを求めて、ご入場なさるお客様に、その代償を持ち帰っていただかなければならない。お客様は、その意味で、絶対者の集まりなのです」

少なくとも個々の無理難題に応えるというニュアンスはなさそうだ。人智の及ばぬ天に対する面持ちで、心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして与えられた使命を果たすこと、それが人神信仰に通じるのではなかろうか。

(引用文献)
三越「株式会社三越85年の記録」(1990、三越)
三波春夫「歌藝の天地」(1984、PHP研究所)
なお引用にあたって歴史的仮名遣い・旧字体は現代的仮名遣い・新字体に適宜改めた

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鈴木 文彦
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 鈴木 文彦