英国で高まる公立校人気と広がる余波

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2023年10月27日

  • ロンドンリサーチセンター シニアエコノミスト(LDN駐在) 橋本 政彦

英国での中等教育における人気校と聞いて多くの人がイメージするのは、英国王室のウィリアム王子やハリー王子の母校であるイートン校や、多くの首相が輩出したハロウ校などのパブリックスクール(名門私立校)であろう。だが、近年、こうしたパブリックスクールを含む私立校の人気には若干の陰りが見えつつあるようである。

背景の一つが学費の高騰だ。英国のシンクタンク、財政研究所(IFS)によれば、私立校の学費はここ20年の間に実質ベースで55%上昇したとされる。また、ISC(Independent Schools Council)の報告書によれば、2022-23年度における全日制の私立校の学費は前年比+5.8%と2009年以来の大幅上昇となった。学費の水準は年間16,656ポンド(約305万円)と報告されているが、全寮制が多いパブリックスクールでは、寮費なども含めるとより多くの費用が必要となる。

また、政府は有力大学に対して、公立校出身者の割合を増やすよう要請しているという事情もある。これは、入学者が一部のエリートに偏ることへの批判が根強いことに加え、人材を多様化させることが、研究機関としての質の向上につながるという考えに基づくものである。実際、政府による働きかけが功を奏し、オックスフォードやケンブリッジなどの名門大学でも、公立校出身者の割合は徐々に上昇している。なおも私立校の進学実績が良いことに変わりはなく(私立校へ通う生徒の割合は学生全体の6%程度であるのに対し、「オックスブリッジ」入学者の3割程度が私立校出身)、コネクション作りといった面での優位性は揺らいでいないとみられるものの、高い学費を支払って私立校に通うメリットは以前に比べれば低下している。

一方、こうした私立校離れの結果、新たな問題として浮上しているのが、優秀な公立校周辺での不動産価格の高騰である。通常、英国の公立校は学区制を採用しているが、学区内だからといって必ずしも希望の学校に通えるわけではない。定員オーバーとなった場合、様々な条件の中で優先順位の高い人から入学を許可されるシステムとなっており、その条件には学校から自宅までの距離が含まれることが一般的である。こどもを希望する公立校に入学させるため、学校の近くに転居することは以前から珍しくなかったが、私立校にこどもを通わせることも可能な経済的に余裕のある世帯があえて公立校を選ぶケースが増えたことで、一部地域では住宅価格が押し上げられているという。

さらには、来年に予定される総選挙で直近の支持率が高い労働党への政権交代が起これば、こうした状況が一層深刻になる可能性がある。労働党はもともと階級社会の象徴ともいえる私立校に厳しい態度を取る傾向にあり、現在私立校が「チャリティ団体」として享受しているビジネスレート(非居住用物件にかかる固定資産税)の最大80%免除の廃止や、学費に対して20%の付加価値税を導入する方針を示している。これが実施されればさらなる学費の上昇は免れず、私立校離れが一層進む可能性があるだろう。税収の増加分は、公立校向けの投資に使うとされているが、住宅価格の高騰によって低所得世帯が優秀な公立校に通う機会が奪われてしまえば本末転倒であり、バランスの取れた議論が必要と思われる。

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橋本 政彦
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ロンドンリサーチセンター

シニアエコノミスト(LDN駐在) 橋本 政彦