米欧で広がる議決権パススルーの建前と本音

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2023年10月02日

日本企業の株主総会で、役員選任議案に少なからぬ反対票が投じられるようになっていることはよく知られているだろう。女性役員が不在であったり、独立社外取締役の割合が3分の1に達していなかったりする企業に対しては、経営トップのガバナンス改善への無関心さを表すものとして再任に反対票が出る。メインバンクや主要株主となっている企業に在籍経験のある社外役員候補への反対票はかなり多い。在任年数が12年を超える社外役員にも、企業側との関係が密接になりすぎて独立性が疑われるとした反対票が膨らんでいる。こうした反対票を投じているのは、顧客から資金運用を受託している資産運用機関だ。具体的には信託銀行、投資信託委託会社、投資顧問、保険会社などだ。

しかし、運用機関の顧客、例えば投資信託などの投資商品を購入しているリテール顧客は、果たしてそのような議決権行使を望んでいるのか、はっきりしない。独立社外取締役が3分の1に達していないからといって、実績豊富な経営トップが企業経営から身を引くべきだと考えるリテール顧客がどれほどいるのか分からないのだが、資産運用機関は再任の議案に反対票を投じてしまっている。

反対票が増加しているのは、資産運用機関の議決権行使方針がそのようになってきたからだが、米欧では資産運用機関による議決権行使の在り方を根本的に変えるような動きが高まりを見せている。投資先企業の株主総会議案への賛否を資産運用機関が決めるのではなく、リテール顧客からの指図に従って議決権を行使すべきという考えが生まれ、既に実装に向けて歩みを速めている。顧客の考えを資産運用機関がくみ取って、議決権行使に反映させる仕組みづくりだ。

顧客が資産運用機関を通じて(pass through)、議決権行使の指図をすることから、この仕組みを議決権パススルーという。膨大な人数のリテール顧客から議決権行使の指図を受けるなどということは、一昔前であれば考えたとしても二の足を踏むところだが、ICTの急速な進歩がそれを可能にしている。特に米国で進捗が著しく、Big3といわれる大手の投資信託業者(ブラックロック、バンガード、ステート・ストリート)の取り組みが進んでいる。英国の大手資産運用機関でも検討を始めたようだ。

この議決権パススルーを顧客の意向を尊重する新たな取り組みであると評価する声がある一方で、資産運用機関が議決権行使責任から逃れようとする企てだという批判もある。資産運用機関は受託者責任に照らして顧客にとって最大の利益となるよう議決権行使に当たっているのだが、これが批判の的となっている。特にESG関連の株主提案議案に対する議決権行使が問題視されている。

例えば温室効果ガス削減への取り組みや目標・実績の開示を求める株主提案が米国では毎年多数出ているが、これが企業経営の制約要因となり得ることを恐れて、反対票を投じる資産運用機関がある。反対投票をした資産運用機関は、地球環境の破壊に加担するものだとリベラル系から批判される。かといって賛成すれば今度は、経営を圧迫し投資収益に悪影響を与えかねない議案に賛成するのは、受託者責任違反だと言われてしまう。つまり、賛成しようが反対しようが資産運用機関は批判されることになる。

そこで、資産運用機関としては、議決権行使判断について顧客からの指図に従っているという体裁にすれば、批判の矛先を変えられる。こうすることで資産運用機関は、議決権行使に関する批判を避けながらも、顧客の意向を尊重しているという外観を作れるのだから、議決権パススルーの利用価値は高い。

顧客のために最善の議決権行使に取り組んでいるという自負があるからか、あるいは議決権行使結果に対する批判を受けることがないからなのか、わが国の資産運用業界でこの議決権パススルーについて検討している様子は全くと言っていいほど見られない。しかし、これが顧客の意向を尊重した議決権行使だという建前通りの評価が広がるようであれば、いつの日か日本に輸入されても不思議ではない。

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執筆者紹介

政策調査部

主席研究員 鈴木 裕