ペンはペテン師よりも強し
2023年09月08日
“The pen is mightier than the fraud(ペンはペテン師よりも強し)”と書かれた大きな看板が、ロンドンのフィナンシャル・タイムズ(FT)本社に置かれていることをご存じの方もいるかもしれない。FT本社は、筆者がロンドン勤務時代に系列の日系メディアでの取材やテレビ収録のため頻繁に訪れたなじみ深い場所だが、訪れるたびに何故かこの看板が目についた。
英国の作家エドワード・ブルワー=リットンの歴史劇で用いられた、”ペンは剣よりも強し(The pen is mightier than the sword)”をもじったものであることは明らかであるが、この看板は、報道された記事(ペン)は、事実と取材に基づいて執筆されているためペテン師(根拠のない嘘やデマ)よりも強力で、真実を突き止めることができることを表している。ゆえにメディアは、誇張や歪曲を行うことなく客観的であるべきだという意味を示しているようだ。言論が暴力や犯罪に勝るという考えは古くからあり、多くの言い回しがあるが、記者はもちろん文筆に携わるリサーチ職の筆者にとっても非常に重みがある言葉である。
またFTに限らず、英国メディアに長く触れてきた身にとって、時には強い圧力にさらされながらも、政府やスポンサーに忖度せずに事実を伝える(英国メディアの)姿勢にいつも尊敬を感じてきた。特に各社が保守・中道・リベラルのスタンスを明確にしているにもかかわらず、事実を客観的に伝える報道姿勢には脱帽する。最近の例では、ロシアによるウクライナ侵攻の長期化を受け、ロシア・ウクライナ双方の市民が戦争にうんざりしている正直な声を拾っていることが印象的だった。ロシアでは、モスクワでのドローン攻撃が激化する中、市民はモスクワからの疎開避難や防空壕の準備を急いでいる報道なども各社が赤裸々に伝えている。戦死傷者が増えているにもかかわらず、和平交渉どころか、双方ともに徹底抗戦の構えを崩さない勇ましいプロパガンダに疲弊し始めている市民の思いが忠実に伝えられている。
ところで、ウクライナ情勢と今後の米国の関与や、米国の2024年の大統領選に与える影響に焦点を当てた報道が各国で増えてきた。確かにウクライナの反攻作戦が成功すれば、バイデン政権は外交政策での勝利を誇示できるだろう。しかし、相応の対価に匹敵するような国益を見いだせない米国が、本当にその後のウクライナに対する明確な安全保障やNATO加盟への具体的な道筋を提示することになるかは未知数である。また仮にトランプ前大統領率いる共和党政権になった場合、ウクライナへの支援は打ち切られ、欧州各国も次々と支援をやめることも予想される。
もちろん筆者は、ペンの真実は人々の心に響き、時には歴史を変えるほどの力があることを信じてやまない。しかし今後、各国の指導者は、英国メディアが報じるような市民の疲弊を正面から受け止めることはできるだろうか?
紛争の長期化を予想する報道が大勢を占める中、各国の指導者が紛争解決に向けて努力していくことを願うばかりである。
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