離職率に目を向ける

人的資本開示を契機に企業戦略に活かす

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2023年08月23日

  • データアナリティクス部 主席コンサルタント 市川 貴規

ご承知の通り、有価証券報告書への人的資本に関する戦略や指標の記載が義務付けられた。その中でも「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」といった多様性を示す指標に関しては、明確に記載が求められたこともあり、ここまで開示が進められてきている。一方、人的資本に関する指標の一つである「離職率」について、具体的な数値まで開示している企業は、まだ少ないようである。この離職率は、企業の実態を把握するのに重要な指標であり、開示への対応はもちろんのこと、企業戦略、特に人事戦略を策定するにあたっては、留意しなければならない数値であると考えている。

離職率という言葉をシンプルに考えれば、「従業員が離職する割合」と定義付けされ、一般的には全従業員に対する離職者の割合として算出されるケースが多い。開示のための指標としてのみ考えるならこれでも良いが、これを企業の人事戦略等に活かしていくためには、様々な切り口で多面的に離職率を捉えることが望ましい。例えば、「若年齢層」「高年齢者」等の年齢層別、「営業職」「研究職」等の職種別、男女別、地域別、店舗別・・・といった様々な切り口が考えられる。どの切り口による離職率が、自社にとって意味のあるものか、各社各様の戦略・重点領域等と照らし合わせて考えるべきであろう。さらに過去から時系列で分析してみることで、これまで気付いていない、見えていない特徴が炙り出されることもある(※1)。また、退職給付会計で用いられるような年齢別の離職率(退職率)を用いることで、組織の将来をシミュレートすることも可能である。昨今多くの企業が実施している定年延長による影響を含め、組織の年齢別ピラミッドの将来推計を行い、これらの分析を踏まえた人事施策を実行していくことで、企業が考える理想の人員構成に近づけることが可能となる(※2)。ただし、これら一般的に用いられる離職率は、あくまでも過去の実績を表した数値でしかなく、過去の実績通りに推移した場合の予測にしかならない。将来に向かい離職率がどう推移していくか、どう推移させていきたいかといった内容は織り込まれていない点に留意しなければならない。離職率の変化の見込みまで織り込んだシミュレーションは理論的にも複雑であり、専門家に相談することをお勧めしたい。

人的資本経営の根幹をなすのは従業員であり、その従業員の離職を防ぐ取り組みは重要な論点である。その中で、離職率を開示していく方向性は必要不可欠であると考えるが、単純に数値のみを開示するのではなく、それがどういった意味を持つ数値で、企業が目指す姿に向かってどのように取り組んでいるか、といったことまで併せて開示することが望ましい。雇用の流動化による人材の活性化といった側面も考慮すれば、ただ単に離職率の高低のみに注目するのではなく、その背景にある企業戦略も踏まえて考えるべきである。人的資本に関する情報が、有価証券報告書への開示項目となった今こそ、離職率を全社的な経営目線で捉えるきっかけになれば良いと思う。

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市川 貴規
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