政策目的実現のための開示規制の有効性
2023年08月09日
政府が何らかの政策目的を実現するため、企業を一定の方向に誘導したいと考える場合に、企業に対して、関連分野における取組み状況の開示を求めるという手法が頻繁に用いられるようになってきている。特に、有価証券報告書による開示は、上場会社等が対象になるものだから影響も大きく、それを政策手段に用いたいという声は様々な方面から上がってくることになる。
法令技術的に言うと、有価証券報告書における開示内容は金融商品取引法からの委任に基づいて内閣府令で規定されているため、その見直しには法律の改正を要せず、機動的な政策実行が可能となる。企業にとっても、政策目的のために法令で何か行動を直接的に強制されてしまうよりは、取組み状況を開示するだけの方が受け入れやすいということがあるかもしれない。
こうした中で、コーポレート・ガバナンス、気候変動対応、人的資本、多様性(ダイバーシティ)など様々な開示項目が有価証券報告書において追加され、今後もその傾向が続いていくことが予想される。金融商品取引法に基づく有価証券報告書の目的は、本来、投資判断上、重要な情報を投資家に提供するということにある。だが、一連の流れの中で、「重要な」の概念も、投資判断上、現に「重要である」ということにとどまらず、将来に向けて「重要であるべき」ということを包摂して、かなり柔軟に解釈される結果になっていることがうかがわれる。
ところで、このような開示を用いた政策手法が、実際、どこまで有効に企業の行動を変容させてきているのかとなると、判然としないところがある。開示を契機に政策の趣旨を踏まえて企業戦略の変革につなげていくケースがある一方で、開示上の体裁を繕うように形式的な対応に終始するケースの存在も否定できない。結果として、政策の効果は二極化の傾向を示しているようにもみえる。
この問題を克服すべく、開示情報の主たる利用者である投資家、とりわけ機関投資家には、日本版スチュワードシップ・コードなどを通じて、開示された情報に基づく企業との対話の充実が求められている。だが、現状、TOPIX連動などのパッシブ運用が支配的である中で、あまりに膨大な開示情報が提供されても、多くの銘柄数の株式を保有する機関投資家の対応にはおのずから限界がある。
それでも企業等の意識を変える上で、開示規制は重要な役割を果たしている、と言われるのかもしれない。しかし、開示規制は企業に相応の開示コストを発生させ、また、それを読みこなして企業と必要な対話を行う投資家にも追加的な運用コストを生じさせることとなりかねない。政府が政策目的を実現していく際には、開示規制だけに頼るのではなく、各政策目的をめぐる問題状況等に応じて、適切な政策手段の選択・組み合わせが追求されていくべきだろう。また、開示当局が金融商品取引法に基づく開示ルールの整備を行っていくに当たっては、制度本来の趣旨を踏まえながら、費用対効果を十分に勘案し、対応していくことが求められよう。
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専務理事 池田 唯一
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