養拙三昧のススメ
2023年07月26日
先日、スウェーデン大使館前の通りを隔てた向かいにある泉屋博古館東京へ木島櫻谷(このしま おうこく)の展覧会 -山水夢中を見に行ってきた。いくつかある代表作のうち最も有名とされる「寒月」こそ展示されていなかったが、帝展(現在の日展)へ出品された「峡中の秋」や「画三昧」は興味深い作品であった。
木島櫻谷は、明治から昭和初期にかけて活躍した円山四条派の日本画家である。円山四条派とは、円山応挙を祖とする円山派と呉春を祖とする四条派の総称である。円山四条派の作品には、花鳥・動物画や山水画を中心に写生を基本とした写実的なものが多く、櫻谷の作品もその例にもれず、素朴な中にも絵の中に引き込まれる画力を感じた。京都の画家といったら伊藤若冲くらいしか知らなかった私にはとても印象的であった。
しかし、ここでお伝えしたいのは、作品そのものの素晴らしさではなく、次の二つの言葉である。一つは「養拙(ようせつ)」、もう一つは「三昧(ざんまい)」。
「養拙」は、木島櫻谷の座右の銘であり、意味は「巧みに頼らず生まれつき持っている素朴さを養い保つこと」である。「拙」という文字には、拙速や稚拙といったマイナスのイメージを持っていただけに、このような意味があることに驚いた。
次に「三昧」。櫻谷の作品の「画三昧」からの引用だが、「三昧」とは、本来「雑念を離れて一つのことに集中し、心が動揺しない状態」を指す仏教用語である。
現代人は昔の人と比べると、寿命こそ長くなったものの、時代の潮流に乗り遅れまいと生き急いでいる人が多いように感じることがある。確かに時間は有限であるため、急ぐことも大事である。しかし、時には、立ち止まり、肩の力を抜いて自分の素朴さと向き合うことに集中し、心を穏やかに保つことも大事だということを、櫻谷から改めて気づかされた。
京都の櫻谷文庫(旧木島櫻谷邸)には、600冊以上の写生帖を含め、数千点にのぼる資料類が収蔵されている、この夏休みに櫻谷三昧ならぬ養拙三昧の旅に出るのも良いかもしれない。
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