AIで金融業は何が変わるか?

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2023年07月24日

  • 調査本部 常務執行役員 調査本部 副本部長 保志 泰

ChatGPTの登場により、再びのAI(人工知能)ブームが訪れた。これまでと異なりAIが誰にも身近なツールとなったことで何段階か進んだ感もある。AIが産業に及ぼす影響については、これまでも様々な議論があったが、とくに金融業において何が変わる可能性があり、何が変わらないのか、改めて考えてみたい。

そもそも金融業はITとの相性が良い分野である。扱う貨幣はすでにデジタルデータ化が進んでおり、IT技術の進展で取引コストは大幅に低下した。今後、金融業がAIに侵食される余地は極めて大きいのではないか。

言うまでもなく、AI活用が最初に進むのはコスト削減や業務効率化を目的とした利活用である。顧客からの問い合わせに対するチャットボットの活用などはすでに進んでいるところだが、今後は例えばコンプライアンス面での活用も大きく進みそうだ。近年、金融機関においてはコンプライアンスに掛かるコストが膨張しており、AI活用でそれを抑制したいという動機は強い。これは金融機関側だけではなく、監督当局や自主規制機関のモニタリングにおいても同様である。

もっとも、AIは現在の「活用するもの」から、いずれ「代替するもの」に進化することが予想され、それが何を引き起こすかが問題である。金融機関が担う機能のうちAIが代替して影響が大きくなるものとして「情報生産機能」が挙げられる。金融機関は、資金の出し手と取り手を仲介する役割を担っているが、その際に重要なのは「情報」であり、そこにAIが活躍する余地が大きいと思われる。独自に情報を収集して付加価値を与え、差別化を図ることで金融機関は稼いできたわけだが、AIが発展すれば、この情報の面がかなりの程度代替される可能性がある。近年は利ザヤの縮小などにより金融機関の収益性が低下する中、付加価値を高めるためにさらなる情報の利活用を課題としていると思われるが、そこが侵食されると金融機関にとって打撃が大きい。

具体的には、例えば、借り手が資金調達に際してAIを活用すればP2P(ピアツーピア)金融のように金融機関を通さない手段が一般化する可能性もあるだろう。また資産運用に際しても銀行や証券会社などの仲介機関を通さない手段が一層広がる可能性があるだろう。さらに、M&Aなどにおけるマッチングは投資銀行の重要なビジネスであるが、AIによる情報生産がとてもフィットする分野であるように思える。

一方で、AIに代替されにくいのはどういう機能や分野だろうか。

ひとつにAIは「顧客に寄り添う」などの人間性の発揮は苦手だろう。過去の統計や事実に基づいた合理的な判断は得意だろうが、顧客が求めるのは、必ずしも合理的でなくても自分の気持ちを理解してくれたり寄り添ってくれるアドバイザーであったりするものだ。富裕層や経営者相手のビジネスは、そういう人間的な面が効果的に働くのではないか。

また、現在は多くの金融機関が顧客に提供しているであろう「信用力」や「信頼感」を、AIも提供できるかは疑問符が付く。そうしたものは長年かけて醸成されることに加え、AIが提示するものはロジックがブラックボックスである場合が多いこともネックとなろう。

さらに、現時点でAIはイノベーティブな作業が得意でない。例えば社会課題の解決に向けた新たな資金フローを生み出すような動き、あるいは全く新たな発想に基づくビジネスのマッチング、金融と別のビジネスを組み合わせたビジネスの創出などは人間の発想力が上回る面が大きいだろう。

こうしたAIが代替しにくい面での付加価値を磨くことにより金融業は収益性を保つことができると思うが、どうだろうか。

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保志 泰
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