振替不能の“天の川” 入出金データと銀行の情報力

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2023年07月21日

言わずもがな銀行には様々な情報が集まる。銀行の力の源泉は、資金の貸付けを業とする債権者の立場にあると思われがちだが、むしろ預金や為替取引に由来する情報力にある。地域における銀行の実力は、ノンバンクはじめ選択の幅が広い貸出金のシェアではなく、むしろ預金シェアに映し出されている。本質的には預金残高より口座数のシェアだ。

預金や為替取引からどのような情報が得られるか。まずは口座の属性データから性別と年齢がわかる。居住地もわかる。居住地で名寄せすれば同居家族がわかる。預金保険の都合もあってデータは常にメンテナンスしている。

口座の入出金データから様々な情報が読み取れる。例えば給与振込から勤務先がわかるし、月給やボーナスの支給日と額がわかる。これは勤務先の総合振込依頼書からも読み取れる。ここで、消費行動に関係する性別、年齢、所得の3大情報を把握することができる。家族構成や勤務先からライフスタイルも窺える。例えばビジネスウーマンか専業主婦かの違いは女性向けファッションの基本セグメントである。

信用情報を把握するには振替不能一覧表が役に立つ。電気、ガス、水道、電話などの公共料金、クレジットカード、消費者金融、家賃や習い事などすべての口座振替の引き落とし状況が過去にさかのぼって一覧できる。縦に口座振替先、横に年月の表形式で、星印で示される振替不能が多いと一覧表が“天の川”のようになる。その人がどこに、どれくらいの頻度で、いくら送金しているのか、遅れずに支払っているのか、振替不能一覧表から人となりが浮かんでくるようだ。

AIブームを追い風にデータ利活用の期待が高まっている。口座と入出金データだけでも加工次第で十分なマーケティング情報が得られるが、これに他のデータを組み合わせれば精度はさらに高くなる。候補としてはクレジットカードから得られる購買履歴、スマホ等から得られる移動履歴が思いつく。

一方、筆者は別の課題に思いを巡らす。まず、銀行の持つ情報には機微情報ではないにせよ微妙に配慮が必要なものもある。住宅ローン取引があるということは、団体信用生命保険を謝絶されるほどの病歴がないことを意味する。また、口座や入出金データは全行員がアクセスでき、ローン審査やセールスに利活用されている。振替不能一覧表はローン審査の役に立つし、退職金や生命保険金など大口入金は格好の営業ネタとなる。この点、住民基本台帳や電話・メールの通信履歴とは性質を異にする。

もちろん、資金移動がめんどうだが銀行取引を分散すれば情報は把握されない。問題は、銀行の統廃合で実質的に地元1行になった地域だ。自動引き落とし口座、送金先口座に特定の1行が指定されるケースが増える。ここであえて他行をメイン口座にすることもできるが実情はいろいろ煩わしい。こうなると当の1行は性質として公共機関に似てくる。こうした地域においてはマーケティングとは別の観点、公共機関に準じたデータ利活用基準も検討課題になるのではないか。

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鈴木 文彦
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 鈴木 文彦