経済正常化後に懸念される「労働供給の天井」問題

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2023年07月12日

経済活動の正常化の進展などを背景に、個人消費の回復が続いている。GDP統計における実質家計最終消費支出は2023年1-3月期まで4四半期連続で前期比プラスだった。サービス消費の水準の低さなどから、個人消費の回復基調は当面継続するだろう。

こうした中で懸念されるのは人手不足の影響だ。宿泊・飲食サービスなど対面型サービス業を中心に人手を十分に確保できない企業が増えている。また需給のひっ迫などを反映して、外食費や宿泊料が上昇している。今後、労働供給が制約となって需要の回復が遅れたり、回復後の需要水準が値上げの影響で低くなったりする可能性がある。

さらに中長期的には、労働供給量は減少の一途を辿り、減少ペースが加速するとみられる。働き手の多くが含まれる20~74歳人口は過去20年間で8%減った一方、就業者数は女性や高齢者の労働参加の進展などにより同7%増加した。だが労働参加率が頭打ちとなれば、人口動態を反映する形で就業者数も減っていく。国立社会保障・人口問題研究所が2023年4月に公表した将来推計人口(中位推計)に基づくと、20~74歳人口は今後20年間で14%減少し、その次の20年間で21%減少する見通しだ。なお、この将来推計には一定の外国人の流入が想定されている。

これは日本の経済成長が労働供給の動向に大きく左右されるという「労働供給の天井」問題がいずれ発生する可能性を示唆する。1人1人の付加価値創出能力を高め、年齢や性、ライフステージなどにかかわらず働く意欲や能力を発揮する労働市場をいかに構築するかがこれまで以上に問われるだろう。岸田政権は「リ・スキリング」「職務給」「労働移動の円滑化」から成る三位一体の労働市場改革を推進する方針だが、労働供給の天井を引き上げる観点からも重要だ。

日本では労働供給の「量」を増やす余地は限られる一方、「質」を高める余地はかなり大きい。例えば、日本は諸外国に比べて女性の就労能力を活かしきれていない。国税庁「令和3年分 民間給与実態統計調査」で見ると、女性の最多の年収区分は100万超200万円以下なのに対し、男性は400万超500万円以下だ。教育格差は見られない中、女性が付加価値の低い業務に就いたり、就業時間の短さがキャリアアップを阻害したりしているためである。子育て中も正規で働ける環境を整備するとともに、性別役割分担意識を変えていく必要がある。

労働需給のひっ迫は中長期的に継続し得る構造問題であり、労働供給の強化は成長戦略といえる。社会に根付いた習慣や行動の見直しなど、政府だけでは対応できないものも多いだけに、社会全体で問題意識を共有して官民で取り組むべきだ。

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神田 慶司
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 神田 慶司