PBRの成り立ちと意義

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2023年07月10日

  • 理事 望月 衛

はじめに
株式市場が上昇してもなお、東京証券取引所が打ち出したPBR 1倍割れ問題は続いているようだ。PBRが1倍を下回る銘柄は依然として多数あるし、レポートも当社を含めて各所から出されている。そうしたレポートなどを見ると、論者によって着眼点はやや異なっているし、またそれぞれの着眼点に光を当てるために使うモデル式も異なっている。筆者もいくらか思うところがあるので、ごく単純かつ古典的なモデル式を使い、その「思うところ」を述べさせていただく。長くなるがお許し願いたい。

モデル式は次の通り。
企業価値=利益×株主還元率/(資本コスト-利益成長率)
株主還元率は(配当+自社株買い-増資)/利益である。ここでの長期的な利益成長は新規投資で自己資本が拡大することによって得られる。いわゆるサステイナブル成長率=ROE×(1-株主還元率)だ。

両辺を自己資本で割ると
PBR = ROE×株主還元率/{資本コスト-ROE×(1-株主還元率)}
になる。これでPBRは① ROE、② 株主還元率、そして③ 資本コストの3要素で語れることになった。順番に見ていこう。

①ROE
株価は将来の利益、より厳密には分配可能な利益に基づいて決まるから、ここでいうROEは将来、それも長期にわたる平均的な期待ROEである。期待ROEが高ければ高いほど理論株価は高くなる。期待の元になるのは中長期の事業計画に基づく収益見通しであり、厳密な予測であることよりも、社外から見て信頼がおける計画なり見通しなりであることが重要だろう。外部の目にも信ぴょう性が高い事業計画とそれに基づく収益見通しなら株価はそれを織り込むし、疑問符が付けば外部は持っている情報に基づいて企業を評価する。企業が求めるとおりに投資家がお金を投じたくなるほどの信ぴょう性を持たせたければ、具体的な事業計画をそれに基づく業績見通しや背景とともに示し、それが実現すればROEがどうなるか、外部に発信していく必要があるだろう。

②成長率・株主還元率
ROEを別の問題として切り分けて扱うなら、成長率は株主還元率をどうするかの問題になる。そしてROEが別な問題だとすると、PBRが1倍を超えるかどうかに成長率はまったく関係がなくなる。固定クーポンの永久債、いわゆるコンソル債を考えてみればいい。「価格/額面=クーポンレート/金利」だ。クーポンレートは額面に対するインカムの割合だからROE、金利は割引率だから資本コストである。ROEが資本コストよりも高ければ価格つまり株価は額面つまり自己資本簿価を超える。成長はいらない。逆に、ROE < 資本コストの企業が株主還元率を限界まで下げ、利益の大部分を内部留保に回し、ROEそのものに近い水準の成長をしても、PBRは成長率=0、株主還元率100%の場合よりも低くなる。成長率はレバレッジのように、素の状態をブーストする役目を果たすだけだ。だから乱暴に言えばPBR < 1倍なる状態に対して将来の成長、とくに投下資本の拡大による成長は何の役にも立たない。

③資本コスト
いまさらながら資本コストはノルマである。株主は企業に対し、ノルマを上回るROEの実現と継続を要求する。営業ノルマはもはや過去のものかもしれないが、業績ノルマは存在感を増している。問題は、見える化が重視されるこの昨今に、業績ノルマは具体的な数字が見えないことである。しかし、対象が何であるにせよ市場の期待が見える化されることは稀だ。それでも手に取って触れる数字のノルマが必要なら、よく知られた伊藤レポート(※1)の8%を出発点にしてもいいかもしれない。そもそも業績ノルマは、市場の投資家が、自分に課されたノルマ・リターンを元に投資対象たる企業に要求する最低限の業績である。そんなノルマ・リターン、したがって投資対象たる企業の業績ノルマは投資家によって異なる。マーケット・リスクプレミアムだのシステマティック・リスクだのCAPMだのは結局は過去データとモデルの組み合わせなのであるし、それほど気にしなくてもいいのではないか。

結語
大まかにいうと、PBRの分母である自己資本は、簿価で考えるなら企業が株主から調達してきた資金の累積額、時価で考えるなら解散価値だが、帳簿に載った自己資本額はどちらの意味でも不完全である。そんなPBRを厳密に考えてもしかたがない。資本コストにしてもそうだ。上場企業は利益追求団体であるから相応の利益、少なくとも期待ベースでは利益が見込めてしかるべきである。しかし市場が企業に与える業績ノルマの水準がどれだけであるかは決してはっきりしない。それならば企業は、目指す利益の水準を、数値とともに市場に公言し、それが実現可能であると外部が信頼するだけの戦略と開示とガバナンスをもって、市場と対話するほうがよほど正しい方向なのではないか。PBRは、企業が掲げる目標が十分に高いか、そして市場がその目標を真摯なものとして信頼しているかを、なんとなく匂わせてくれる指標ぐらいに受け取っておくほうがよい。「これ未満は赤点」の分岐にすぎないノルマにあまり気を取られるよりも、本業で投資家のために利益を上げることに尽力してくれるのが高く評価できる企業であり、PBRが1を超えやすいのは、ノルマの達成よりも能力の限界を追求する企業だろうと筆者は思う。

(※1)経済産業省「『持続的成長への競争力とインセンティブ ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト 最終報告書」 2014年8月。

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