ASEANタクソノミーが意味することは?

RSS

2023年05月31日

2023年3月、ASEANタクソノミー委員会は、ASEANタクソノミー(第2版)を発表した。これは、2021年に発表された第1版の改訂版で、EUタクソノミーをはじめとする他の地域のタクソノミーを参考にしたという。

これに対し、欧州のマスメディアからは、ASEANタクソノミーがEUと比べて「甘い」と指摘する声も出ている。その最たる例が、石炭火力発電所の扱いである。EUタクソノミーでは、石炭を「不適合」とし、そもそもタクソノミーの分類対象としていない。これに対しASEANタクソノミーでは、「石炭火力発電所の段階的な廃止」は、タクソノミーで規定されている環境目的「気候変動の緩和」に貢献するとして、分類の対象となっている。しかも、運転開始から最長35年の石炭火力発電所のうち、2040年までに段階的に廃止するものを「グリーン(緑:パリ目標に適合)」、2050年までに段階的に廃止するものを「アンバー(黄色:グリーンへの途上段階)」としている(※1)。EUでは不適合とされている石炭火力発電所が、ASEANでは「グリーン」とされる可能性があることや、分類に運転開始からの年数といった非科学的な数値を根拠としていることが、批判の対象となっている。

しかし、ASEANタクソノミーがこのような「甘い」基準であるのには理由がある。ASEANの人口増加と経済成長をこれまで支えてきたのは、石炭を中心とする化石燃料で、近年多くの石炭火力発電所が建設されてきた。2023年時点でASEANにある石炭火力発電所の38%が、運転開始から8年未満、約90%が35年未満(一般的な寿命が約40年)という(※2)。これに対し、再生可能エネルギー(再エネ)への投資は、台風が多発するなどの気候の問題や、平地には居住地が密集するなどの地形の問題から、欧州に比べて遅れている。再エネ供給基盤が整う前に化石燃料の利用を停止すると、人口増加と経済成長を支えるだけのエネルギーが不足するリスクを抱えているのである。

それでも、ASEANが独自のタクソノミーを発表したのには大きな理由がある。EUタクソノミーの目的は本来、環境的に持続可能な経済活動を特定し、そこへの資金の流れを誘導することである。しかしASEANでは、金融市場が未発達である国や、政府・企業の間でグリーンファイナンスに関するノウハウが蓄積されていない国が多い。つまり、ASEANタクソノミーの発表は、「グリーン」な活動を特定して市場での資金調達につなげることよりも、ASEAN地域全体として環境に配慮をしていることを対外的に示すためと考えられる。これによって、海外からの直接投資をひきつけるほか、化石燃料の利用を段階的に停止することに配慮のある、日本などの支援国からの公的な資金調達につなげることが可能となりやすい。そういう意味で、ASEANタクソノミーは、その精度よりも発表自体に意味があるといえるだろう。

(※1)その他にも、「最上級技術(best-in-class technology」の導入といった条件等も課されている。
(※2)ASEAN Taxonomy board, “ASEAN Taxonomy for Sustainable Finance – Version 2” March 2023, p.77

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

増川 智咲
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 増川 智咲