株式市場は期待による株価上昇から実効性・実績を評価するフェーズへ

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2023年05月19日

東京証券取引所は、3月31日に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」の取組みを上場会社に要請した。この取組みはPBRが1倍を割っている上場会社だけに対する要請であるかのような報道があるが、PBRの水準を問わず、プライム市場とスタンダード市場のすべての上場会社3,300社弱に対する要請である。

一部の3月決算会社などは4月末から5月初旬にかけての決算発表の中で、この取組みに関する開示を行っている。特に、PBRが1倍未満の会社から大胆な取組みが公表されている印象がある。例えば、2022年度時点でROEが7.9%、PBRが0.6~0.7倍台であった会社が、「ROE10%を目標に掲げ、PBR1.0倍超の早期実現を目指します。」と述べ、大規模な自社株買い・事業ポートフォリオ改革・注力事業への投資を含めた成長戦略の実施を明言している。この会社の対応は市場から評価されたとみられ、今後への期待で株価が上昇している。この会社に限らず、同様の姿勢を示すことで株価が上昇している会社は他にも散見される。

しかし、期待による株価の上昇が永遠に続くことはないのは自明である。この先を考えると、会社の取組みに対する期待を反映した状況から、実際の取組み状況に投資家の目線が移っていくと想定される。まさに事業ポートフォリオ改革を含む成長戦略の実態が注目されるということである。

その際に投資家が期待するのは、成長戦略の進捗状況の開示はもちろんのこと、成長戦略の成否を判断するための材料の開示であろう。例えば、人事・報酬制度上の工夫をどのように行っているかという事項もこれに該当する。

企業価値を向上させるための事業の再構築においては社内の「痛み」を伴うケースがある。事業ポートフォリオ改革は社員を含めた経営資源を大胆に配分変更するものもあり、社員の中には今まで就いていた仕事や場所から異動させられることも少なくないであろう。そうした改革を実行する場合には、成長戦略の必要性や可能性についての社員に対する十分な説明に加え、社員が会社の方針に共感してついてくるような人事・報酬制度上の工夫も欠かせない。

投資家の目線が、会社の取組みに対する期待から実効性・実績に移るのは、そう遠い先のことではないと思われる。現在は期待によって多くの企業が評価されているとしても、投資家による会社の選別がいずれ始まるだろう。会社は投資家と議論することで、その期待を理解し、投資家が必要とする情報を開示していくことが肝要になる。

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神尾 篤史
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 神尾 篤史