銀行の健全性評価のスキを突く新たな金融不安

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2023年05月15日

金融不安(金融システムの不安定さへの懸念)がなかなか払拭されない。発端は3月の米国におけるシリコンバレーバンクとシグネチャーバンクの突然の破綻である。5月1日にはファースト・リパブリックバンクも破綻しJPモルガン・チェースが買収した。さらに世界の金融システム上重要な銀行(GSIB(※1)≒大規模なゆえに破綻させられない銀行)の一つであるクレディ・スイス・グループ(スイス第2位)が国の支援の下でUBS(スイス第1位)に救済合併された。その際、自己資本に追加的資本として充当されていたAT1債が無価値となり、市場が銀行セクターに対する信頼を失い、銀行の資金調達コストは高止まっている。

4月上旬に世界の金融システムの安定性を評価する「国際金融安定性報告書(GFSR)2023年4月」を国際通貨基金(IMF)が公表した。その中でIMFも、世界的な金融不安を抑制しようとの政策当局者の努力の結果、「市場の不安は軽減された」ものの、「市場センチメントは依然として不安定である」と述べている。上記の破綻や救済合併をもたらした要因としては、急激な金利上昇によって銀行が保有する満期保有目的の有価証券の価値が大幅に目減りしていたこと、容易に預金の引き出しが可能なオンライン取引が普及していたことを背景に、その状況下で急激かつ多額の預金の流出等が起きたことが挙げられる。しかし、銀行の存在意義が不透明になったことも、金融不安を増長させたと筆者は考える。銀行の安全性は比較的分かりやすい。銀行の資本が十分であることを示す基準が設けられているためである。一方、銀行の存在意義、すなわち銀行が社会にどのような役割を果たし、どのような業務で利益を上げるものなのかは見えにくくなっている。

ウォール・ストリート・ジャーナルのコラムニスト(※2)は、UBSによる買収に際して、「クレディ・スイス・グループの時価総額は先週末時点で約80億ドル、有形純資産(tangible book value)(※3)は約450億ドルだった。今回の救済劇における一つ目の教訓は、銀行の価値を示す重要指標と投資家が見なす後者の数字は、結局のところ、さほど『有形』な目に見えて分かりやすいもの(tangible)ではなかったということだ。」と指摘している。UBSによるクレディ・スイス・グループの買収金額は約30億ドルと有形純資産の7%であり、これだけの急激な価値の減損の背景は外部からは分かりにくい。加えて、今回のクレディ・スイス・グループの信用不安においては、最大の懸念材料は保有する資産の価値ではなく資金流出による流動性の逼迫であり、同グループは自己資本規制をクリアしていた。つまり現代における銀行経営の課題とは、財務の健全性ではなく、むしろ収益獲得の仕組みの健全性をいかに担保し、開示していくかなのである。それが企業の存在価値を維持し、企業価値を高める上で重要なのではないだろうか。

前述の国際金融安定性報告書と同時に公表されたIMFの世界経済報告書によれば、「大規模な信用収縮が生じる悲観シナリオの実現確率は25%程度あり、実現した場合、2023年の成長率は2%を下回る」とされる。SNSはますます普及し、情報は瞬時に拡散するようになった。規模の大小にかかわらず、金融機関にとって、収益獲得の仕組みを健全に保ち、いっそう向上させる努力を積み上げることが、結果的に信用不安への懸念を回避する上で重要となるだろう。

(※1)Global Systemically Important Banksの略。金融安定理事会(FSB)が世界的な金融システムの安定に欠かせないと認定した銀行を指す。日本では3つのメガバンクが該当する。FSBは2011年から認定を行っており、その後、適宜入れ替えを実施。これらの巨大銀行は「総損失吸収力(TLAC)規制」の対象となる。TLAC規制は、通常の銀行の自己資本基準である「BIS規制」に加えて、経営難に陥った際には資本や社債の積み増しを行い、株主や債権者などに負担を負わせる仕組み。税金(公的資金)で救済しなくてもすむことを目的とした規制。
(※2)Stephen Wilmot,“Credit Suisse’s Death Gives Birth to New Type of Bank Crisis,” The Wall Street Journal, 20th March 2023
(※3)貸借対照表の総資産から総負債を差し引き、さらに無形資産を差し引いたもの。

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内野 逸勢
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 内野 逸勢