ロンドンで体感する「コスト・オブ・リビング・クライシス」

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2023年04月28日

  • ロンドンリサーチセンター シニアエコノミスト(LDN駐在) 橋本 政彦

私事で恐縮だが、今年の2月から新たに英国・ロンドンでの生活を始めた。ロンドンに赴任するにあたって、筆者が個人的に最も懸念していたのは、報道などで日本にまでその悲惨さが伝わっていたエネルギーを中心としたインフレ率の高さであった。

実際にロンドンで生活をしてみると、確かに月々の電気やガスの料金は高く感じるものの、その急激な上昇過程を体験していないせいか、伝え聞いたほどの深刻さは実感しづらい。ただし、インフレが英国に住む人々にとって重大な問題であることは、物価自体ではなく、インフレをきっかけに頻発するストライキを通じて体感している。

英国では物価高騰に伴う生活苦を背景に、2022年に入ってから大幅な賃上げを要求するストライキが急増している。しかも、ストライキは鉄道や空港、郵便サービスなど公的部門を中心に広がっており、営業停止・遅延の影響が多くの人々に及んでいる。筆者も渡英後およそ2ヵ月間という短い間に、ロンドン市内の地下鉄が全面的に運休になったことで移動を制限される、届くはずの郵便がいつまでたっても届かない(結局、郵便物は紛失し、再送を依頼する羽目になった)などの被害に遭うこととなった。

相次ぐストライキが英国経済の下押し要因になっていることは、すでに経済統計などからも明らかだが、悪影響はそうした数字から確認できる経済的なものだけにとどまらない。例えば、ストライキは学校の教員などでも実施され、学校が休校になることで、数日間という短い時間とはいえ、生徒たちは教育を受ける機会を失っている。また、4月に行われた医師によるストライキでは、20万件弱の診察の予約がキャンセル・延期され、大きな問題となった。

残念なことに、英国における公的部門を中心としたストライキは、もうしばらく続きそうな情勢である。なぜなら労働組合が要求する賃上げ水準と、政府が提案する賃上げには依然として隔たりがあるからである。多くの労働組合は、足元の急激な物価上昇をきっかけに賃上げ要求をエスカレートさせたが、その要求内容には、世界金融危機後に実施された公務員の賃上げ凍結の影響是正なども含まれていることが少なくない。代表的なものとして、前述の医師は35%と、足元のインフレ率(2023年3月+10.1%)を大幅に上回る賃上げを要求している。また、当初19%の賃上げを要求していた看護師の組合は、要求を大きく下回る政府からの賃上げの提案に対して多少の譲歩の姿勢を見せつつも、クリスマスまでストライキを続ける準備があると明らかにしている。

英国民を悩ませる高インフレは、エネルギー価格の下落などによって徐々に落ち着いていくことが期待されるものの、ストライキはなおも続く可能性が高いことを踏まえれば、英国経済の先行きに対してはなかなか楽観的になりづらい。また、個人的には、ストライキの影響もあって新生活のセットアップがなかなか進まないことが大きな悩みである。

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橋本 政彦
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シニアエコノミスト(LDN駐在) 橋本 政彦