ストレスフリーの文章指導

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2023年04月21日

1年前の調査だが、漢検(日本漢字能力検定協会)の「企業における上司・部下間の文章のやり取り」に関する意識調査に目がとまった。上司からの文章アドバイスでストレスを感じる原因の第1位が「人によって指摘のポイントが異なる」だった。興味深いのは、上司の61.9%が自分の文章力に不安を抱えていることだ。

日常のメール文、社内向けの報告書、顧客への提案書、等々の文章を書き、上司に回覧するシーンがある。ここで受ける文章指導にストレスを感じるのは、文章だけでなく人格まで否定されたように感じることがあるからだ。経験や巧拙に関係なく「文は人なり」と言われる。人格の否定はときにハラスメント事案となるので査読者には一段の分別が求められる。要領を得ない添削指示を繰り返しパワハラ事件に発展した例も実際ある。

他方、同じ調査では上司の84.5%が部下の文章にストレスを感じている。指導する側とされる側がストレスから解放されるにはどうすればよいか。結論から言えば文章指導に趣味や好みを持ち込まないこと、その前提として着眼点を主観と客観に分けることだが、これがなかなか難しい。長年の経験で身につけた文章力が客観的にも正しいと思っているからだ。

ではどうしたものが客観的な視点か。意識調査に沿えば「人によって指摘のポイントが異ならない」ものだ。根拠を示すことができる。誤字脱字以外では、主述のねじれ、コロケーション(連語)の不適、事実と意見の混同など文法や論理展開のミスがある。複数の解釈が可能な文はもちろん、悪意のある人に切り取られSNS等で炎上しかねないフレーズも査読者が見逃してはならない着眼点だ。

これに対して主観的な指摘でよくあるケースが文体に関するものだ。まずは1文あたりの文字数に書き手のスタイルが表れる。一説では40字程度が標準と言われるが、長い文が必ずしもわかりにくいわけではない。接続詞を使うか否か、入れ子文を組むかいったん切って指示語でつなぐかなどにもよる。このような文と文とのつなぎ方もスタイルの一種だ。断定(~である)や推量(~と思われる)、反語(~か)など文末表現にも個性が表れる。賛否が分かれるのが体現止めだ。細かな点では漢字・ひらがな両方可のフレーズでどちらを好むか、表記ゆれと繰り返し表現のどちらを嫌うかも人による。そもそも文体は小説はじめ創作の世界に特有な属性ではない。論説文にもある。社内報のエッセイから通達文まで許容範囲の広い狭いはあるが、それでも文体に絶対的な正解はない。

ちなみに、上司が部下の文章にストレスを感じる原因の第1位が「読み手が必要とする情報が欠けている・説明不足」だった。今日は傘を持つべきか否かを判断できない天気予報のような文章はたしかに多い。レポート文で問いと結論がハッキリしないのはよろしくない。ただし、結論に至る前提情報の過不足については指摘する前に一呼吸おいたほうがよい。テーマに関する読み手の知見が多分に影響するからだ。例えば、「C市の財政調整基金の動向」について書く場合、銀行員に読ませるならばまずは財政調整基金とは何か、基金と現金の違いから説明しなければ不親切な文章になる。他方、同じ文章を自治体職員が読んだなら、不要な情報が延々と連なり結局何が言いたいかわからない悪文と映るだろう。「人によって指摘のポイントが異なる」のが前提情報の盛り込み具合だ。的外れの指摘で査読者の知見不足が露呈しないように気をつけたい。

人格の否定と誤解されることなく文章指導するポイントは、頭の中のお手本に主観が混じっていないか、すなわち趣味や好み、自分の理解レベルを指摘に反映させていないか気にとめることだ。人によってコツは様々だが、筆者の場合、社長にも同じ指摘ができるかを自問自答している。「こいつの文章を良くしてやろう」的な親心を抑え、根底に謙虚とリスペクトがあれば無用のハラスメント疑惑は避けられる。

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鈴木 文彦
執筆者紹介

政策調査部

主任研究員 鈴木 文彦