預金の全額保護に関する素朴な感想
2023年03月27日
3月に入ってからの、相次ぐ米国の金融機関の経営破綻をきっかけにグローバルな金融システム不安が高まり、各国の中央銀行や規制監督局等が迅速に対応している。短期間で収束すれば経済への影響は小さいだろうが、人々の疑心暗鬼を払拭するには時間を要するとみられる。
一連の対応策の1つとして、米当局は、破綻した2つの金融機関に預けられていた口座の預金全額保護の方針を打ち出した。通常、1口座当たり25万ドルまで預金が保護されるのに対して、今回の対応は異例であり、当局の危機感の現れといえよう。当局の共同声明でも、“全ての預金者を完全に保護する”と明記し、金融システム全体のストレスを軽減し、金融の安定を支え、企業や家計、納税者、より広範な経済への影響を最小限に抑えるという意図を示している。
最初に破綻したシリコンバレーバンク(SVB)の場合、スタートアップ企業等、法人の口座も多かったという。当局による介入の背景には、口座が凍結されて企業が事業の運転資金にアクセスできなくなれば、取引先への支払いが滞り、従業員は給料を受け取れなくなる恐れがある等、波及効果が大きいという判断が働いたと考えられる。資金の目詰まりによる、経済への悪影響拡大を防ごうとする対応は評価されよう。
ただ、果たして全額保護は適切な措置なのか、保護される預金者は何者だろうか。例えば、SVBでは預金残高の約9割が保護の対象外、つまり上限25万ドルを上回っていたとされる。個人預金者にフォーカスした場合、米国の家計が保有する金融資産構成では、現・預金の割合は13.9%(2022年12月末時点、FRB、Financial Accounts of the United Statesより大和総研作成)にすぎない。破綻した金融機関だけに預けていたと仮定すると、預金を25万ドル保有している世帯の金融資産総額は約180万ドルとなる。
一方、FRBの調査(2019年時点)によると、家計の平均金融資産額は約36万ドルであり、そのうち預金等は約15万ドルと保護の上限を下回っている。また、低所得者層ほど現・預金比率が高い傾向にあることから、中央値で見ると、家計の金融資産額は3万ドル弱である。従って、米国全体から見ると、SVBはやや偏った特殊なケースである可能性が高く、全額保護という決定が、企業を含めて、弱者救済というよりはお金持ち保護という印象を持たれるかもしれない。
経営破綻の連鎖を防ぐという当局の目的は一見もっともらしいが、どのように連鎖するかは実際にトリガーを引かなければ分からない面もあり、予備的に全額保護を適用する方が無難だろう。ただ、どの金融機関に適用するか、あるいは適用しないかの明確な線引きを、不平不満が出ないように説明することはできるのだろうか。今回で言えば、SVBだけを特別視して保護することは難しく、同様のケースが発生すれば当局は同じ対応を余儀なくされ、預金保険システムの形骸化につながる恐れがある。SVBという特殊なケースに対して、今後普遍的になるかもしれないルールを適用することに居心地の悪さを感じるのである。
ただ、イエレン財務長官の発言が安定しておらず、その解釈を巡って市場が混乱している。イエレン財務長官がバイデン大統領との協議後に承認した一連の措置に対して、民主党内から強い批判は出ないだろうが、SVBが拠点を置くカリフォルニア州は民主党の地盤である(もう一つの破綻金融機関を管轄するNY州も同じ)。来年に大統領選挙を控えて、共和党が過半数を占める下院を中心に、なぜ問題を見過ごしてきたか等、厳しく追及するだろう。
他方で、リーマン・ショックを受けて強化された金融規制に関しては、2018年、共和党が多数派を占めていた議会と当時のトランプ政権による法改正の結果、FRBが実施するストレステストの適用基準が連結総資産1,000億ドル以上に引き上げられた(改正前は500億ドル以上)。また、1,000億ドル以上2,500億ドル未満についても、ストレステストの頻度をFRBの裁量で減らすことが可能になった(つまり年1回必須から数年に1回へ)。法改正によってSVBに対する監督が緩み、危機の芽を摘み取る機会が失われたとすれば、共和党も批判を免れない。
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政策調査部
政策調査部長 近藤 智也